第24話

 

暖かな日差しに照らされた甲板で、ティセリーは遠ざかる陸地を一人眺めていた。
船に乗るのは初めてである。レイオードを探して旅をしていたとは言っても、結局自分だけでは闇雲に南下する程度が精一杯で、ジェイトをはじめとする出会った人々の助けがなければ、こうも本格的に捜索の手を広げることはできなかっただろう。手を組んで、自身の幸運を大地の女神に感謝する。

今、ティセリーたちはグラヴァルドという、ミゼラ大陸とシアニー大陸に挟まれた小島へ向かっていた。そこには世界中の商人が集うギルドがあるということで、商魂たくましくも、戦時中ですらあちこちの港へ向かう船があったのだとか。ノクトレスでは領主の判断で欠航していた極北行きの定期船も、この港からであれば問題なく利用できるはずだった。

船室に置いた荷物の中身も、極北を訪れることを見越して準備を整えてきた。主には防寒具だが、リュシアンが見立ててくれたコートはただ暖かいだけでなく、ティセリーが初めて見るような可愛らしいデザインで、それに袖を通すことを思うだけで心が浮き立つようだった。

可哀相だったのはジェイトである。

三人分の防寒具は思っていたよりも値が張ったようで、出費の金額をリュシアンから聞かされた彼は絶句していた。とどめが最後の一言。

「ジェイトは男の子だから、三等客室でも大丈夫よね?」

というわけで、その時顔面蒼白になっていた彼は、自分たちとは別の船室である。ティセリーとリュシアンの二人部屋が二等客室だということだから、三等というのは三人で一室くらいだろうか。彼もそんなに社交的な方ではなさそうだから、知らない人と同室というのは嫌だったのかもしれない。あとで様子を見に行こう。

「海風が気持ちいいわねぇ」

リュシアンが甲板に上がってきて、ティセリーの隣に並ぶ。彼女の装いも、博物館で出会った時から一新されていた。曰く、こんな時代遅れの格好してられないわ、とのこと。鳥かごのようなスカートは不思議なデザインだったが、人形めいた、というか事実人形である彼女の美貌にはよく似合っていると思う。

「あなたは新しい服は良かったの?」
「わたしは、今の服が気に入ってるから」
「あらそう」

しかし、続いた言葉にティセリーは目を見張る。

「でも、出自を隠すなら着替えるのがセオリーだけどね」
「え……っ」

反射的に、青い海からリュシアンの横顔へ視線を移す。素直な反応に、彼女は苦笑して見せた。

「ほらほら、図星なのが丸わかりだわ。隠し事をするなら、もう少し上手くやらなきゃ」
「な、なんでわかったんですか?」
「だから、隠しきれてないのよ、あなた。ジェイトだって、あなたが隠し事をしてるのには気付いてると思うわ。もっとも、その先まで知っているかどうかはわからないけれど」
「……、わたしが何だか、リュシアンさんにはわかるんですか?」
「言ったでしょ、いろんなメモリーが入ってるのよ。……まあ、あなたの格好から出自を推測できるのは、民俗学の専門家くらいじゃないかしら。そうじゃない人だったら、ちょっと変わった格好してるなぁ、くらいで済むと思うわ」

潮風に金髪をなびかせながら、なんでもないように彼女は言う。ティセリーはその横顔からゆっくりと、再び海へ視線を落とした。

「……わたしの出身がわかって、リュシアンさんはどうもしないんですか?」
「あたしにどうしろって言うのよ。人間同士の心の機微とか、非合理的な風習とかには興味がないの。あなたも、そんなの気にしない方がいいわよ」

それができればどれだけいいか。ため息をつくティセリーに、リュシアンは美しい微笑みを返す。

「あたしも、人形のくせにって言葉は随分言われたわ。だからなんだって言うのよ。悔しければあたしよりも優秀になれば、って言い返してやってたわね。根も葉もない誹謗中傷なんて、いちいち気にしてたら精神衛生上よろしくないだけよ」

人ではない存在であるリュシアンも、それによる差別を受けた経験があったらしい。ティセリーに対するさっぱりとしたこの態度も、同じ境遇にあった彼女ならではのものなのか。
もしジェイトに自分のことを知られたら、彼はどんな反応をするのだろうか。

「あの、リュシアンさん。このこと、ジェイトには……」
「わかってるわよ、あたしの口からは言わない」
「……ありがとうございます」

ティセリーがほっと胸をなでおろしたとき、甲板へ続く階段が何やら騒がしくなり、振り返ると、そこには話題となっていたジェイトの姿があった。
しかし、彼は船員の一人に肩を貸され、ふらふらと足取りもおぼつかない。どうやら、意識も朦朧としているようだ。

「やだ、ジェイト、どうしたのよ」
「この兄ちゃんのお連れさんってのはあんたたちかい?」

船員もすっかり困り果てた顔で、ずり下がるジェイトの体を抱え直す。

「三等客室ですっかり酔っちまったみたいでね。とりあえず甲板へ上げたんだが……、あんたたち二等客室だろう? 女二人のところ悪いが、ベッドを貸してやっちゃくれないか。この様子じゃ、雑魚寝の部屋に戻すのも気の毒でね」
「あなた乗り物ダメだったの? 最初に言いなさいよ」
「……船底の揺れは、さすがに無理だ……」

かろうじて聞き取れるくらいのつぶやきが本人から返ってきた。ひとまず船員に彼を自分たちの部屋まで運んでもらい、ティセリーが使うはずだったベッドに横たえる。
ジェイトはその後も、航海の間ずっと船酔いでうなされ続け、幸いにもベッドが広かったので、ティセリーはリュシアンと一緒に眠ることにした。