第25話

 

「そもそも、あんたが旅費を無駄遣いしたせいだろ」
「無駄遣いじゃないわよ、すごく有意義な買い物だわ。それに、先に苦手なんだって言ってくれれば、あなたの分の客室が取れるくらいは節約したわよ」

憤慨するリュシアンに、ため息で返すジェイト。まさか、預けた旅費を惜しみなく使う部分が、ブランド物の衣服だとは予想していなかった。
おかげでジェイトは散々な目に遭ったが、事態はそれだけに留まらない。なんと、フロスドロップ行きの船代が足りない。あれだけ財布が重かったのにも関わらず、である。

「ジャック・ベルガンの最新デザインがこのお値段で買えるなんて信じられないことよ。絶対に買って正解だったわ。それがどうしてわからないのかしら」
「はいはい、もういいから、そのジャックなんとかの防寒着はさっさと売って船のチケットを買いに行こうぜ」
「ああん、もったいない!」

渋るリュシアンを引きずって三着の高級ブランドを売り払い、手頃な防寒着を買い直したところで、それでもまだ全員分の船代までは届かなかった。未使用のブランド品とはいえ、同じ値段では買い取ってもらえない。しかも商人の町なだけあって、どの店舗も非常に手強く、交渉にも応じてもらえなかった。

すっかり寂しくなった路銀を財布にしまい、ジェイトは再びため息をつく。こうしていても始まらない。なんとか、先に進む手段を見つけなければ。

「お金って、どうすればもらえるの?」

首を傾げるティセリーの世間知らずにも、そろそろ慣れてきた。

「基本は、どこかに雇ってもらって働くとかだな」
「極北行きの船で、働き手を募集しているところとかないかしら? そうすれば、旅費も稼げて先にも進める、一石二鳥だわ」

明るい笑顔で告げるリュシアンだが、ジェイトは懐疑的である。

「そんなにうまくいくもんじゃねぇだろ」
「あら、そんなマイナス思考じゃダメよ。もっとポジティブにいかなきゃ、人生成功しないわ」
「それも何かのデータか?」
「社長に聞いた成功の秘訣ベストテン、3036年発行の特集記事ね」
「はあ……」

成功の方向性が違うような気がする。しかし、彼女の提案通りであることは事実なので、ジェイトたちはひとまずグラヴァルドの港へ戻ることにした。

フロスドロップほどではないが、グラヴァルドがある小島も世界地図を見れば随分と北寄りだ。涼しいと感じたヴァーディンよりも一層肌寒く、ジェイトはマフラーを引き寄せながら石造りの通りを歩く。全体的に暗い灰色で統一された街並みも、商人の町と聞いて想像していた賑やかさとは縁遠かった。

港へ通じるメインストリートの途中で、一際大きな建物が目を引く。五階建てくらいの高さがあり、倒れ込んできそうな威圧感に圧倒される。
足を止めたティセリーに、リュシアンが解説した。

「ここが商人ギルドの本部よ。認定商人になるには、かなり厳しい条件があるらしいわ。その分、一度認められればかなり有利に商売ができるようだけど」

三人がその建物を揃って見上げていると、後ろから大きな咳払いが聞こえた。

「……君たち、この建物に用事があるなら早く進んでくれないか。後ろがつかえているんでね」
「あ、すみません」

慌てて振り返ったジェイトが素直に謝罪すると、相手は少し気を良くしたように、鼻先で笑ってみせた。リュシアンよりやや年上の、20代半ばくらいだろうか。かなり背が高く、着ている毛皮も上質だが、色の薄い金髪と青い瞳がどことなく神経質そうな印象の男だった。

「全く、時は金なりと昔から言うだろう。特に、認定商人である僕と君たちとじゃ、時間の単価が違うんだよ」
「全くでございます、ジスラン様」

彼が長めの前髪をかき上げながら自慢げに語れば、後ろに控えた執事らしき老人がかくかくと壊れそうな勢いで頷く。ジェイトは、恐る恐る隣のリュシアンに問いかけた。

「……リュシアン、認定商人ってみんなこんな感じなのか?」
「違うと思うわ」
「ん……? おい、ちょっとそこの君!」

冷めた目のリュシアンに視線を止め、ジスランと呼ばれた男は靴のかかとを鳴らして歩み寄ってきた。近くで見ると相当に背が高い。眉を吊り上げるリュシアンと、隣で怯えたような顔をするティセリーを交互に見下ろし、なぜか満足そうに笑顔を浮かべる彼。

「こいつはいい。商人ギルドに斡旋を頼む前にこんな良い人材と巡り会えるとは、やはり僕はついている! そうだな、レオナール!」
「全くでございます、ジスラン様」
「君たち、僕の船で働く気はないかい? 賃金は弾むよ」
「はあ?」

当たり前のように握られた手を振り払って、リュシアンは相手を睨みつける。

「……船ね、どこへ向かうのかしら?」
「リュウセンだ。僕は毛皮を扱う商人でね、買い付けに行くのさ」
「リュウセン……」

北東地方の領主都である。しばし考え込んだリュシアンは、成り行きを見守っていたジェイトとティセリーにだけ聞こえるように声を潜める。

「ちょうどいいかもしれないわ。リュウセンからなら歩いてアンジュークまで行って、フロスドロップへ向かう船に乗れる。料金もここからより安かったはずよ」
「だけど、働かないかって条件だぜ? それを聞いてからの方が……」
「もちろんよ」

作戦会議を終え、くるりとジスランに向き直ったリュシアンの顔は、先ほどとは打って変わった愛想の良い笑顔だった。

「働かないかって言ったわね? どんな仕事かしら?」
「なんてことはない、君たち二人は船内の掃除や給仕を手伝ってくれればいいんだ。むしろ居てくれるだけでもいいくらいだ。……君は、正直いらないんだけど」

ちらりとジェイトに向けた視線は、道端のゴミでも見るかのような冷ややかさだった。さすがにむっとするジェイトだったが、リュシアンがうまく切り返してくれる。

「あら、ダメよ。あたしたち三人で旅をしているんだもの」
「……、厨房で手が足りないと言っていたな。それなら僕の視界に入り込むこともないだろう。ああ、なんと慈悲深い僕!」
「全くでございます、ジスラン様」
「…………」

文句をつけたいところだが、ここは我慢である。