第27話

 

「行かないでくれ、頼む! せめて帰りの船だけでも!」
「鬱陶しいわね、いい加減放してよ」
「その冷たいところがいい!」
「やめて!」

本気で嫌そうなリュシアンが、強引にジスランの手を振り払う。彼はそれなりに端正な顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら、リュシアンの腰にしがみつこうとして、また足蹴にされる。そんな光景を、とっくに下船したジェイトとティセリーは桟橋から見ていた。

「ティセリー、二人の仕事って本当にどういう……?」
「わたしは普通にお掃除してただけだよ? ジスランさんも普通だったし」

心底不思議そうな彼女。やがて、ヒールの高い音を響かせてリュシアンが船を下りてきた。

「……あんた何したんだ」
「何にもしてないわよ、ちょっと蔑んだ目で見てやっただけ」
「ああ、そう……」

なんとなく理解してしまったジェイトはそれきり話を打ち切った。おそらく彼は、女王様言うところの、下僕向きの人間だったのだろう。

僕も一緒に行くと暴れるジスランを、屈強な船員たちが抑え込んでいる。彼には認定商人としての仕事がこれからあるはずだし、何より主人をみすみす下僕にさせてしまうわけにはいかないので、彼らも必死だ。
世話になった礼を伝えると、ジェイトたちはこれ以上ジスランが重症になる前に、さっさと港を後にすることにした。

北東地方をはじめとしたシアニー大陸は、終戦前にはその大部分を帝国ティンランによって治められていた土地である。中でもリュウセンは、かつてのティンラン帝都に最も近い港を持つ街で、人口だけならノクトレスよりも多い。

そんな基本情報をリュシアンから聞きつつ、港からの坂道を登って行く。ジェイトたちと同じ方向に歩いて行く人々は、見慣れたディロウ風の服装なのだが、すれ違う相手は襟が広く、袖の長い、ティンラン独特の格好をしている者が大半だった。

四角い石畳の坂を上がりきると、眼前にリュウセンの街並みが広がる。木で作られた家屋はディロウ文化では見たことがない。それが整然と通りの両脇に並び、庭を囲う塀からは紅葉した庭木や赤い実をつけた枝がのぞいている。吹き抜ける冷たい風と反するような、温かみのある街だった。

ついついあちこちを眺め渡してしまっていると、そんな自分たちが気に止まったのか、愛嬌ある笑顔の男が声をかけてきた。

「やあ、お嬢さんたち、ディロウからの観光の人かい?」
「ど、どうしてわかったんですか?」
「そりゃあ、そんな格好で、物珍しそうにきょろきょろしてりゃあねぇ。面白いお嬢さんだな」

大笑いする彼に、ティセリーが真っ赤になる。

「あなた、呆れるくらい隠し事下手ねぇ……。そうだ、丁度いいわ。お兄さん、保存食とか魔物よけのお守りとか、旅をするのに必要な品物が手に入るお店を知らないかしら?」

リュシアンの問いかけには首をひねった男だったが、心当たりはあったのかすぐに通りの先を指差す。

「それならすぐ向こうの雑貨屋だな。赤い暖簾の店だよ。なんだい、リュウセンは見ていかないのかい? いい街だよ?」
「ありがと。でも、今回は別の目的で来てるのよ」
「すみません、わたしたち、極北に向かいたくて……」
「極北に? そりゃまた、どうして?」
「人を探しているんです」
「ほう、どんな人だい?」

丁寧に頭を下げたティセリーの言葉に、男は興味をそそられたのか、話の続きを促してきた。ジェイトが制止しようとするも、なかなか押しが強い。

「なんだい、話を聞くくらいいいだろう? 役に立てるかもしれないじゃないか。……お嬢さん、探し相手はどんな人だね?」
「え、えっと、茶色い髪に青い瞳で、わたしより少し年上の男の人で。いつも怖い顔をしているけど、本当は優しい人です」

たどたどしく探し人の特徴を語るティセリーの顔は、懐かしい相手の姿を脳裏に思い描いているようだった。ジェイトも、彼がどんな容姿をしているのか聞くのは初めてである。
そして、未だになぜ彼女がレイオードを探しているのかは聞けていない。

「……、ひょっとして、レイオードっていう兄さんかい?」
「知ってるんですか?」

目を見開くティセリー。ジェイトも、リュシアンと顔を見合わせる。極北で反政府組織の頭目をやっているはずの彼が、なぜこんなところにいるのか。
男は、彼自身も驚いたようだった。

「知ってるも何も、あの兄さんをケイケイのところに案内したのは俺だぜ。そうだ、ちょっと待ってくれ。……おい、ケイケイ、いるだろう?」

そう言うと、緑色の旗を掲げた店に頭を突っ込み、中に声をかける彼。呼ばれて店から出てきたのは、15歳前後くらいのほっそりとした少年だった。

「なんですか、ジュアンさん」
「いや、ちょっと前にお前のご主人のところへ、レイオードって兄さんを連れて行っただろう。このお嬢さんたちはあの兄さんを探してるんだと」
「レイオードさんを?」

こちらに向き直ったケイケイは、賢そうな顔をしていた。淡い水色の髪を革ひもでくくり、榛色の大きな目でジェイトを見上げてくる。

「確かに、レイオードさんは御前とお話があるとおっしゃって、ホウセツ山までいらっしゃいました。でも、もう三日も前のことです。レイオードさんがその後どこへ向かわれたのか、申し訳ありませんが僕は聞いていません。御前ならご存知かもしれませんが……」
「ゴゼン?」

ジェイトの疑問には、訳知り顔のジュアンが答えてくれる。

「ケイケイの仕えてるご主人さ。この辺じゃ雪峰の賢者って呼ばれてる。ケイケイはその賢者様の作ったよく効く薬を街で売って、食料なんかを買って山に帰るんだ」
「そのゴゼンという方に会わせていただけませんか? お願いします」

必死な面持ちで頭を下げるティセリーに、ケイケイは慌てて言った。

「あ、頭を上げてください。御前はいらっしゃる方を拒んだりはされません。ただ、ちょっと山道なので、大変かとは思いますが……」

雪峰の賢者と呼ばれるだけあって、街の中に住んでいるわけではないらしい。ジェイトたちは、必要なものを揃えたらケイケイに案内を頼むことを決めた。