第29話

 

「さて、レイオードのことだが」

ケイケイの作ったティンラン風の夕食をご馳走になった後、カリファは透明な酒を注いだ盃を傾けて口火を切った。

「反政府組織を指揮しているそうだな。どこで私のことを聞き付けたかは知らんが、ここにはその勧誘で来たようだ」
「まさか受けたの?」
「断った。ずいぶん高圧的だったぞ」

当時のことを思い出したのか、くつくつと喉の奥で笑うカリファ。ティセリーが申し訳なさそうな顔をする。

「すみません……」
「いや、謝罪されるほどのことではない。それで、他に貴族を知っているかと問うから、それならムードゥンにごろごろ居ると教えてやった」
「ムードゥンって、ティンランの帝都だな?」
「ああ、奴がまだそこに居るかはわからんがな」
「……ねぇ、ティセリー、あなたやっぱりそこまで行きたい?」

リュシアンがティセリーの顔を覗き込むと、彼女は決意を込めた瞳ではっきりと頷いてみせる。

「そうよね……」
「リュシアン?」

考え込むように俯いてしまったリュシアンは、ジェイトが話しかけても応えてくれない。そんなこちらを横目に、カリファはティセリーを誘ってベランダへ向かう。

「もう少し山を登ると、ムードゥンへ繋がる洞窟がある。ちょうどあちらの方だ」
「そこに、レイオードが……」

指を組んで、示された方角を見つめるティセリー。追い求めてきた相手がすぐ近くにいるかもしれないと聞かされた、その感慨はどれほどのものだろう。

「ほどほどにしないと体を冷やすぞ」

外を眺め続けるティセリーにカリファは背を向け、室内へ戻ろうと足を踏み出した。
その瞬間だった。

「レイ……、きゃあ!」

突然手すりから身を乗り出したティセリーがベランダから落ちる。

「ティセリー!」

慌てて伸ばしたジェイトとカリファの手をすり抜け、彼女の姿が消えた。

「カリファ、下は!」
「そう高くはない。雪を集めてあるから無事だとは思うが……。ケイケイ、案内を」

覗き込んだ眼下は闇に紛れて様子が窺えない。ぱっと踵を返し、手招きをするケイケイの後について、ジェイトは外に飛び出した。

ベランダの下はちょうど崖に寄り添うように建っている家の裏手にあたり、周囲をぐるりと回り込まないとたどり着けなかった。しかし、雪が積まれたそこに、ティセリーの姿はない。

「ジェイト、どうだ?」
「怪我は?」

頭上から降ってくる二人の声に、ジェイトは困惑しながら叫び返す。

「いないんだ、どこにも」
「何?」
「ジェイトさん、こちらに」

しゃがみ込んだケイケイが足下を指差す。

「こちらに足跡が」

隣に並んで見てみると、大きな靴の足跡が点々と山の中へ向かっていた。裸足だったティセリーのものではもちろんない。

「待て、ジェイト。すぐに追おうとするんじゃない」
「だけど!」

そのまま山道へ向かおうとするジェイトをカリファが止める。危険なのは承知の上だが、この足跡の主がティセリーを連れ去った可能性が高い以上、明るくなるまで待っているわけにはいかない。

「私も行こう。この山なら私の庭だ。すぐに支度をするから待っていろ」

程なくして、リュシアンとカリファが家から出てきた。支度を整えたカリファはうなじで髪を結び、水色の衣服に大きな弓矢を携えている。

「ケイケイ、お前は留守を。夜は山の魔物も活動的になる。お前たち、くれぐれも用心するんだぞ」
「わかった」

ジェイトは自分の剣をリュシアンから受け取りながら、頷いて見せた。