第19話

 

「で、それがその絵?」

翌日の昼休み。
久しぶりに会議の無い風璃を含め、いつものメンバーがそろった東屋で、話題半分に絢世は翠羽の件でこれまでにあったことを全員に打ち明けていた。
杏輔の手前、慧哉とつき合う事になった点は伏せたが。

その彼はむすっとした顔で、こちらを見もしない。昨日のクローヴィスとのやりとりに誘わなかったことが、どうやら気に障ったらしかった。

風璃の問いかけに頷き、ノートほどの大きさの画用紙をファイルから取り出す絢世。クローヴィスから渡されたものだ。

「翠羽君にお友達の顔を描いてもらって、それをヴィル先生が描き直して、また翠羽君が手直しして・・・・・・、ってことをやってみたんだそうです。勇哉さんたちの時と違って、この子は手がかりが他に何もないみたいで」
「あいつらの時が例外だったんだろう。友人とやらが全員芸能人でたまるか。異常者を装ったただのミーハーだ、それは」
「んー、芸能人じゃなくても、全員美人さんだってことはあるんだよね。ヴィル先生だってさ」

トゲしか感じられない杏輔の言葉へ律儀に応じてみるものの、返答はなかった。

「とにかく、それ見せてもらっていいのかな? ヴィルオール先生の絵だろ?」
「あ、はい。きれいですよ」

取りなすような笑顔の風璃に、絢世は画用紙を回す。

描かれた少女はオレンジ色の長い髪と、ぶどう色のきつい吊り目を持っていた。アップの表情がどことなく小生意気なのは、翠羽が彼女に抱いていた印象故か。
ぽつぽつと並んだ記号の下には『橙珂』という漢字。それが彼女の名前なのだろう。

肖像を睨んでいた風璃の瞳が、ぱっと大きく見開かれた。

「俺、この子知ってるぜ」
「やだ、どういうこと、風璃!」

パンをかじっていたかえでが、絢世より数段早く反応した。

「こんなきれいな子と知り合いなんて知らなかったよ!」
「知り合いってほどのもんじゃねぇし・・・・・・。落ち着けよ黒姫、とりあえず」
「でも・・・・・・」
「朔が働いてるお屋敷のお嬢さんだよ。1回見たことあるだけだって。それとも、お前の方がきれいだよとか言えばいいのか?」
「そ、そういうわけじゃ・・・・・・、もう、風璃の意地悪!」

そっぽを向いてしまった恋人に憮然とする風璃だった。
仲の良い様子を微笑ましく思いながら、絢世は続きを促す。

「朔さんっていうのは?」
「あ、悪い。朔夜っていう、うちの兄貴。ボディーガードみたいな仕事しててさ、そこのお嬢さんじゃないかと思うんだ。目とか髪の色はこんな派手じゃねぇけど。他に特徴とか聞いてないか?」
「・・・・・・あ、この子、足が」

頬をつねられながらも動じない無表情でクローヴィスが補足してくれた情報である。

「・・・・・・歩けないみたいだそうです」
「じゃあ、ほぼ間違いねぇかな」

こちらに断りを入れて携帯を取り出した風璃は、そのままどこかへ電話をかけ始める。
その彼を、ちらちらとかえでが盗み見ていた。流れでとはいえきれいだと言われたためか、桜色に頬を染めた様子が可愛らしい。

珍しく杏輔も、興味深そうに彼女を注視していた。しかし、絢世が見ていることに気づくと、ふいと気まずそうに視線をそらしてしまう。

ざわざわと、咲きかけのアジサイの枝を風が揺らした。

「・・・・・・そうだな。じゃ、ちょっと悪いけど。・・・・・・萩野」
「あ、はい」

風璃に手招きされ、絢世は彼の隣へ移動する。何の説明もなしに渡された銀色の携帯を耳に当てると、枯れ葉を思わせるハスキーボイスが向こう側でしゃべり始めた。

「もしもし、話はお聞きしました。伊吹朔夜です。お嬢様にお会いになりたいとのことですね?」
「は、はい」

お嬢様、と言われて、絢世の頭にはフリルのドレスをまとった優雅な姫君が浮かんだ。
風璃はボディーガードと表現したが、朔夜という名の彼はいわゆる執事という職業なのではないだろうか。

「あの、そういうことであれば、実はこちらからもお願いがございまして」
「何ですか? あたしで良ければ」

声質から渋い大人の執事を想像した絢世だったが、頼りないその切り出し方からして、実際の彼は自分たちとそう変わらない年齢なのかもしれない。

「正直に申し上げますと、お嬢様は足のこともあってなかなか出歩く事も難しく、ご友人と呼べる方がいらっしゃらないのです。お嬢様がお探しの方ご本人とは限らないのですが、これを機会にお嬢様と交流しては頂けないでしょうか・・・・・・?」
「なんだ、そういうことなら全然オッケーですよ」

あっさり快諾しすぎたのか、朔夜はしばらく絶句した。周りを見回してみると、呆れ顔の杏輔と視線が合う。どうやら、また自分は安請け合いしてしまったらしい。

朔夜と相談し、日取りは学校のない土曜日になった。テスト目前の週末だが、そうした危機感と無縁の絢世にとっては大した意味もない。

放課後、勇哉にも連絡を取り、クローヴィスからの案件を伝えると、彼もちょうど土曜は暇らしく、翠羽の引き取りついでにお屋敷訪問にも顔を出してくれるという。

携帯を充電器につなぎ、絢世は自分の部屋のベッドにダイブする。髪がバラバラになって床まで落ちた。

やたらと疲れてしまった気がする。午後いっぱい脳裏から離れなかったのは、気難しいというお嬢様のことではなく、視線を合わせてくれない杏輔の横顔である。
彼の考えがわからなくなったのは、やはり気のせいではないようだ。

マナーモードのままだった携帯が振動する。受信画面を確認すると、非通知の着信が一件と、メッセージが一通。着信の方は無視するとして、メッセージは先ほど駅前で別れた杏輔である。結局帰り道も互いに終始無言のままで、土曜日の都合も聞けずじまいだった。

恐る恐る内容を確認してみる。

『お前だけで敵う相手とは思えない』

淡白な文面に、絢世はつい吹き出しそうになった。ケンカをしに行く訳ではないのだが。
一見しただけでは、それこそケンカを売っているようなメッセージだが、慣れている絢世には彼の意図が簡単に分かった。ポイントは『だけで』という部分である。

『キョウちゃん、一緒に来てくれる?』

すぐさま、具体的な時間と場所を問いただす返信があった。