第20話

 

仮にも大きなお屋敷へ訪問するということで、絢世は衣装選びに手間取った。自分のクローゼットにあるのはほとんどがカジュアルなものばかりだし、かといって制服で出かけるのも味気ない。
結局迷った末に、白いブラウスとデニムのミニスカートを選んだ。真新しいパンプスとバッグは、衝動買いしてからずっと使う機会を伺っていたものだ。こんなものだろう、と鏡の前で自分にOKを出す。

待ち合わせは1時ちょうど。場所は高校よりも高台に位置する自然公園である。
この辺りは傾斜もきつく、坂の上には地元の名士たちの邸宅が集中しているのだそうだ。目的地であるお屋敷も、その中の1軒であるらしい。

「芸能人の次は金持ちか。貴様、本当に他意はないんだな?」
「たい? ****?」

いぶかしげな視線を向けられ、小首を傾げる翠羽。
彼は前回の外出同様、ワイシャツにスラックスのシンプルな格好である。今夜から三条兄弟のマンションに泊まるということで、膨らんだ手提げ鞄を膝に抱えている。

一方の杏輔は意外におしゃれで、上はカーキ色のポロシャツにブラックジーンズを合わせていた。

「・・・・・・何見てる、絢。僕の私服がそんなに珍しいか」
「うん。私服のキョウちゃん見るのすごく久しぶり。趣味変わったよね?」
「お前、それ小学生の時の記憶だろう。当然だ」
「似合うよ?」
「・・・・・・」

唐突に口をつぐんでしまう彼。
最近はこうして頻繁に話題がとぎれてしまうものだから、その都度新しい話題を探すのにも苦労した。会話の間の沈黙も、以前はここまで居心地が悪いものではなかったように感じるのだが。

燦々と日差しが差し込む木立の合間に勇哉の姿が見えて、絢世は正直ほっとした。
こちらに目を留めて足を早める彼の格好は、モノクロのTシャツにだぼっとしたカーゴパンツ。

「悪い、駐輪場見つかんなくて」
「え、勇哉さん、自転車ですか?」

苦笑気味の勇哉に、思わず頓狂な声を上げてしまう。駅前からこの自然公園までは、距離もさることながらずいぶんな上り坂だというのに。

「せっかくパンク直したからさ。マウンテンだと坂もそんな気になんねぇし」

さらりと基礎体力の差を見せつけられて、同じ距離をバスで来た杏輔が何か呪詛のような言葉を吐いたが、勇哉が気にした様子はなかった。

「えーと、で、時間大丈夫なのか?」
「ふん、遅れた人間の言っていい台詞か?」
「遅れてませんから。今、12時50分です」

正確には52分。朔夜には1時半に訪問すると伝えてあるので、余裕は充分にあるだろう。

ベンチに腰掛けた三人を、とりわけ翠羽を見下ろして、勇哉は眉間にしわを寄せる。

「・・・・・・思うんだけどさ、翠羽はお屋敷行かない方が良くないか?」
「え、どうしてですか?」
「何しでかすかわかんねぇから。俺の時はいきなり勝負だったし、そのクローヴィスって先生の時には飛びついたんだろ。先に例のお嬢さんに話をして、会ってもいいって許可もらってからの方がいいんじゃねぇかと思ってさ」
「正論だな」
「そうだけど・・・・・・」

会って早々に勝負を挑まれた経験者の言葉には重みがあった。しかし、翠羽がいないとお嬢様が『橙珂』本人かどうかの確認ができない。

「暫定橙珂さんに出てきてもらった方がいいのかなぁ。でも翠羽君ひとりでお留守番させるのも心配だし・・・・・・」
「二人ずつに別れるか。萩野は取りあえずお屋敷行く方に決定だな。その執事だか何だかと連絡取ってるのお前だし」
「そうですね。・・・・・・どうする? キョウちゃん一緒に来る?」
「いや、僕は残る」

意外な言葉が返ってきた。

「え、だって・・・・・・」
「そのお嬢様とやらを運ぶ必要があるだろう、歩けないなら。三条勇哉、スタミナが自慢なら貴様が動け」
「だってキョウちゃん、この間は」

心配なのではなかったのか。
まさか本当に力仕事が嫌なだけなのだろうか。
しかし、絢世の問いかけが形になる前に、例によって気まずそうな視線をスニーカーの紐に落とす杏輔。

迷うような口振りで、勇哉が念を押す。

「いいのか?」
「構わん。兄の方よりは信頼できる」
「そりゃどうも・・・・・・」

淡々と、恐らく彼から出る最高級の評価を述べる杏輔に、笑顔とも困惑ともつかない表情を返した勇哉は、愕然とする絢世の方へ向き直った。

「そういうわけだ。行こうぜ」
「え、え、けど・・・・・・」

さくさくと歩き出してしまった彼とベンチの間で、絢世はおろおろと双方を窺う。だが、背後を見ても、返ってくるのは成り行きをわかっていなさそうな翠羽の不思議そうな視線だけで、杏輔は顔を上げてすらくれなかった。