第3話

 

その異変に、最初に気づいたのは風璃だった。

「……何の音だ?」
「どうしたの、風璃?」

紫色の瞳で空を見上げる彼。
空は澄み切っており、ひとかけらの雲も浮かんでいない。梅雨をとばして夏になってしまいそうな、うららかな陽気である。

「何か聞こえないか? ジリジリいうような・・・・・・」

眉をひそめる風璃だが、絢世には特に何も聞き取れない。
口論を一時休戦した杏輔とかえでも、あたりを見回して耳を澄ます。

「何も聞こえないよ。きっと気のせいだよ」
「会長、お疲れなのでは」
「……そうかな」

首を捻る彼に、絢世は手の中で転がしていた鈴を示した。

「この音じゃないですか?」

ちりん、と響く鈴。
その瞬間、絢世の背後から鮮やかな青の光が差した。

驚いて振り返った絢世の目をネオンのような青が貫く。不自然な光は滑らかに円を描き、歯車に似た目映い模様を形作っていく。

「……なに、これ」
「馬鹿、絢、離れろ!」

そっと指先を伸ばし、光に触れる。
瞬間、そこから生えた腕が絢世の手首を鷲掴みにした。

「きゃあ!」
「絢!」

同時に強い力で引っ張られ、肘までが光に飲み込まれる。立ち上がった杏輔が慌てて止めに入った。しかし、混乱した絢世が伸ばされた手にすがりついたため、バランスを崩した彼までもが踏みとどまれずにつんのめる。

「やだやだ、何これ、キョウちゃん・・・・・・!」
「お、落ち着け、絢。どうなってるんだ」
「神崎、ちゃんと支えとけよ!」

頼もしい声が響いたと思うと、駆け寄った風璃がためらい無く光の奥へ手を突っ込み、絢世ごと腕の主を引きずり出した。
一際強く輝きが目を刺し、体にかかっていた力が消える。そろって尻餅をつく絢世と杏輔。

「……っつ、絢、怪我は無いな」
「絢ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫・・・・・・」
「大丈夫な顔じゃないぞ・・・・・・」

心臓の早鐘が治まらない。掴まれた生々しい感触が残る腕を抱き、絢世はしばらくそのまま座り込んでいた。
もたれかかった杏輔の息づかいはすでに落ち着いている。
彼とかえでに支えられ、異変の起きたあたりへ目を向けると、青い光はゆっくりと明滅しながら消え始めていた。

残っていたのは風璃と、彼が光から引きずり出した何者かである。

「萩野、大丈夫そうか? そしたらこっち来てくれ」

その腕に抱えられた人影の、長く伸びた琥珀色の髪がふわりと揺れる。
どうやら巨漢でも化け物でも無いことが、絢世には意外に感じられた。

緑色の上着は制服のブレザーとはまるで違うが、人物自身は自分たちと同じ年頃の少年で、どうやら気を失っている。

覗きこんだ彼の顔を見て、絢世は思わず声を上げた。

長いまつげに縁取られた両目はきつく閉じられており、決して安らかな表情とは言えない。
しかし、人形めいた顔立ちはその場の全員が息をのむほど整ったものだった。

「かわいい……」

陶器のように白い肌。
右耳にだけきらめく金色のピアスには、小さな鈴が連なっている。

感嘆してはかわいいかわいいと呟く絢世に、肩を貸している杏輔が鬱陶しいと文句を言った。

「見てくれなんてどうだっていいだろうが」
「そんなこと言って、キョウちゃんだってさっき見とれてたくせに」
「か、観察していたんだ。お前と一緒にするな」

大仰にため息をつく杏輔。

「少しは警戒しろ。さっき危険な目に遭ったのはお前だろう。それを覚えているなら、まずはこいつを叩き起こして、正体を吐かせるのが先だと思うがな」

と主張されたところで、問いただすべき相手に目を覚ます気配はない。
苛立ちを露わにする彼を、苦笑気味の風璃が制する。

「まあ、神崎の言い分も尤もだけどな。とりあえず気づくまでは、保健室で預かってもらおうぜ。このままじゃ話を聞くも何もねぇよ」
「正体不明の不法侵入者ですよ」
「東屋が光って、突然現れました、って?」
「……」

教師陣にそう訴える場面を想像したらしく、杏輔は黙った。

ふと時間を見れば、昼休みも終わりに近い。
軽々と少年を抱え上げる風璃に、かえでが続いた。

「お前はどうする?」
「あたしはもう大丈夫。次体育だから、やばそうだったら貧血って言って休ませてもらう」
「そうしておけ」

珍しく彼からサボり推奨の言葉が出たのがおかしくて、絢世は笑みをこぼした。

「ありがと、キョウちゃん。助けてくれて」
「ふん……。うかつな言動が多いからあんな目に遭うんだ。僕に迷惑を掛けるな」

手を離し、仏頂面を崩さないまま歩き出した彼に、絢世ははいはいと軽く頷いた。