第31話

 

しばらくそうしていると、やがてまつ毛が震え、ゆっくりと杏輔が目を覚ました。

「……絢?」
「おはよう、キョウちゃん」
「絢!?」

大慌てで身を起こした彼は、その瞬間に脛をテーブルに打ち付けて呻き声をあげる。心配して絢世が近寄ろうとすると、それを拒絶するように彼はこちらから距離を取った。

「な、何をしてた!」
「何って、足大丈夫かなって」
「そこじゃない!」
「……えーと、膝枕? ダメだった?」
「当たり前だ!」

喚き散らす杏輔の顔は真っ赤である。

「だって、キョウちゃん寝苦しそうだったし」
「だからなんだ。軽々しく男にそんなことするんじゃない!」
「キョウちゃんだからいいかなって」
「それは……、どういう意味だ」
「え、どういうって?」

急にトーンを落とした杏輔の声に、絢世は首を傾げた。

「僕だからいいとはどういう意味だと聞いている。僕だって男だぞ」
「知ってるよ?」
「知っているなら……、いや、もういい」

杏輔は大きなため息をついた。そのまま視線を逸らしてしまう彼に対し、絢世は頭をフル回転させて言葉を探した。このままでは仲直りにならない。

「あ、あのねキョウちゃん」
「なんだ」
「あの、あたし、キョウちゃんと仲直りがしたくて来たの。あたしと慧哉さんがお付き合いすることになってから、キョウちゃんずっとそのこと怒ってるでしょ」
「……まあ、多少はな」
「勝手なことしてごめんね」

多少どころではない気もしたが、あえてそこには触れず、絢世は素直に謝罪した。
程度の差こそあれ、昔から絢世が他の友達と遊んでいると、必ず難癖つけて来た杏輔である。こんなに長引くことはなかったが、今回もそれと同じ類いの焼きもちだろうと絢世は踏んでいた。

「別に、今後慧哉さんと恋人になることがあったとしても、キョウちゃんが一番の友達なのは変わらないよ。だから、これからも、今まで通り仲良くしてね」
「……お前は」

面映ゆく感じる部分もあったが、自分の気持ちを素直に伝えたつもりだった。杏輔もきっと応えてくれるに違いないと、絢世は疑うべくもなく信じ込んでいた。
不満げな表情のまま、杏輔は手を伸ばして卓上に置きっ放しだった眼鏡をかける。

「……何もわかっていないんだな」
「え?」
「今まで通りになんていられるか」

ため息交じりの言葉に、絢世は目を瞬く。杏輔はまっすぐこちらを見返していた。
不意に感じた不安を振り払うように、身を引こうとした絢世の手が、杏輔の右手に捕まる。彼の手の熱が伝わってくる。

「……友達じゃ、もう満足できない」
「…………っ」

無我夢中で絢世は杏輔の手を振り払った。逃げ出すように部屋のドアへ駆け寄る。

「絢!」
「嫌だ!」

追いかけようとした杏輔が、膝を立てた姿勢のまま硬直する。その姿が視界ごと、徐々にぼやけて見えなくなっていった。

「来ないで! キョウちゃんなんか……っ」

何を言われたのか理解できないほど、絢世も鈍感ではない。

「……友達だと思ってたのに……」

涙と一緒に溢れたのは、重い悲しみの感情だった。
杏輔が追いかけて来ない間に絢世は彼に背を向け、足元も見ないまま階段を駆け下りた。
止まらない涙も、ひたすら込み上げてくる悲しさも、もう何が何だかわからなかった。