第38話

 

クローヴィスが勇哉に橙珂、それに慧哉を彼の部屋に呼び集めたのは、翠羽が狭間に消えて数日後のことだった。

勇哉は、その件についてはもうすでに絢世からの連絡で知っていた。彼を気に入っていた橙珂はその結末に納得ができない様子だったが、勇哉は翠羽の決めたことならそれでいいのではないかと思っている。芯の強い少年だったから、自分の道に後悔はないだろう。

その騒動の際、クローヴィスはリェールとしての記憶を取り戻したらしい。彼の口から語られる話は想像をはるかに超えていたものの、どこか懐かしく、すとんと胸に落ちてくるような物語だった。

「……でも納得できないわ。結局白羚の力ってなんだったのかしら」
「それもあるし、例の神様的な人たちも謎のままだよね」
「あくまで、私が知る限りの話だ。わからない部分も多いだろうが、話せる事はこれで全てだ」

頬を膨らませた橙珂に、腕を組んで思考する慧哉。実際、クローヴィスの話は彼の見聞きしたことに終始しており、勇哉にも得心しかねる部分は多い。その一つは、恐らく彼に聞いてもわからないだろうが、どうしても知っておかなければならないことだった。

空になってしまっていたカップに気づき、話終えたクローヴィスが席を立つ。討論をやめない二人を放置して、勇哉は彼の後を追った。

「なあ、先生」
「なんだ、碧珠。……すまん、三条勇哉」
「そんなのはどっちでもいいんだ。なあ、俺は、碧珠は、あんたからどう見えた?」
「どう、とは?」
「例えば、弱い者いじめをして楽しむような残虐な人間に見えたかどうか、ってことだ」

橙珂に対して感じた破壊衝動。それに、勇哉は未だ戸惑ったままでいる。
4つのカップに紅茶を注ぎながら、クローヴィスは首を傾げてみせた。

「私の見た限りでは、今のお前とそう変わらない。お前には力があり、それを無闇に振り回さない分別もあった。翠羽はそんなお前を尊敬していたし、朱玉はお前の真面目さをからかうのが好きなようだった」
「そんなところまで一緒なのかよ」
「仲の良い兄弟だと思ったものだ。そして、碧珠は橙珂をとても大切にしていた」

彼女の名が出た瞬間、勇哉は体が強張るのを感じた。気づいたかどうかはわからないが、クローヴィスはいたって自然な仕草でティーポットを置き、わずかに表情を曇らせた。

「朱玉が、お前はどんなことがあっても橙珂を守ろうとするだろうと言っていた」
「それは、俺だってそうだ。そう思ってる」
「だが、反面それが危ういとも言っていた。お前の中には、それだけではない彼女への思いがあるはずだと」
「……それが」

それが、自分の手で彼女を壊してしまいたいという、あの重く暗い感情なのだろうか。ちらりと後ろを振り返ると、先ほどとは打って変わった笑みを零す橙珂の姿が視界に映った。彼女の幸せを奪うなど、今の勇哉には考えられない。

もやもやとした苛立ちが舌打ちとなってこぼれる。カップを載せたトレイを持ち上げ、クローヴィスが不思議そうに首を傾げた。

「例えば、昨日のうちに、今日は出かけようと思ったとするな」
「いきなりなんの話だよ」

唐突に話題を変えられ、勇哉の苛立ちが萎える。訳がわからないが、しかし、彼は真っ直ぐにこちらを見つめたまま、淡々と言葉を続けた。

「ところが、今日になってみたら出かける気が失せていた。お前は出かけるか?」
「出かけねぇよ。用事もねぇんだろ」
「なら、それで問題ないな」
「…………」

口を噤んでしまった勇哉の脇をすり抜け、彼はリビングへ戻っていった。その背を見送り、勇哉は改めて自分の胸に問いかける。

今、自分がどうしたいと思っているのか。