チャイムの鳴る音に、クローヴィスは手元の紙から目を上げた。翠羽が色々な落書きを残していったコピー用紙は、まだ束となってダイニングテーブルの上に残っている。それを処分するかどうするか、思いあぐねている日曜の午後だった。
「こんにちは、先生。お邪魔だったかい」
「……三条慧哉」
「朱玉でもいいよ。君にとってはそっちの方が馴染みがあるんだろ。今日は、お願いに来たんだ」
変装用の赤い眼鏡をかけた慧哉は、そう言って玄関先で微笑んだ。その微笑みが、必ずしも良い話をするときだけに浮かべられるものではないと、クローヴィスはすでに知っている。
「何の用だ」
「今度、フランスへ行くんだ」
返って来た言葉は、答えになっていなかった。靴を脱ぎながら続ける彼。
「写真集を出すことになってね。あまり今まで、そういう仕事は受けなかったんだけど、色々あったし、失恋もしたし。気分転換にはいいかなと思って」
「……それで」
「その前に聞いておきたかったんだ。ねぇ、僕はその後どうなったんだい?」
色の薄い瞳が、まっすぐにクローヴィスを射る。
「君、この間僕らに記憶の話をした時に、教えてくれなかったでしょう。……僕が最後、どうなったのか」
先日の集まりで、敢えて語らずにいた部分を指摘され、クローヴィスは内心舌を巻く思いだった。察しの良さは、彼が朱玉だった頃から変わらないと見える。
観念したクローヴィスは、ため息とともに言葉を返した。
「あの場で、碧珠の前で話すべきことではないと思った。どうしてもと言うなら話すが、あまり気分の良いものではないぞ」
「聞きたいな。なんでも知りたい性分なんだ。知っているでしょう?」
「好奇心は猫を殺すと言う」
「好奇心に殺されるなら本望さ」
笑い混じりにそう言い切る慧哉。思えば、同じようなやり取りを、朱玉とも交わした覚えがあった。
「……朱玉なんだな」
「君がそう思うなら、そうなんだろうね。僕らはきっと、仲が良かったんじゃない?」
「ああ、その通りだ」
椅子を引いて、頬杖をつく彼の真向かいに座る。何から話せば良いものか、クローヴィスは懐かしい日々の風景に想いを馳せた。