第7話

 

休み明けの月曜日が嫌いでない人間など、この世にはいないに違いない。
只でさえ憂鬱な朝に、苦手な英語の小テスト。
加えてその結果が惨憺たる有様とくれば、絢世でなくてもため息をつきたくなるはずだ。

「・・・・・・満点は、吉口ひとりだな」

放課後のHR。
全員に採点済みの答案を返却し終えたクローヴィスが、作り物のような美貌を若干曇らせる。
教師側も、どうやら同じ気持ちらしい。

「九点なし、八点がふたり。全体的に低いな。中学で習う文法が基礎として身についていれば、さほど難しくは無いはずなのだが。・・・・・・明日、同様のテストを再度行う。各自復習をしておくように」

教室中からあがるうめき声などには耳も貸さず、長身の麗人は余ったプリント類をまとめ始めた。
HRは無慈悲な宣告でおしまいのようだ。

いつにもまして頭痛の種となった自分の解答用紙を鞄の中へ押し込みつつ、隣の席へ目を向ける。

「姫ちゃん、どうだった?」

案の定、絢世以上に英語の苦手な彼女は、暗い顔で小さく首を振ってみせるのがやっとのようだった。
相当悪かったのだろう。

「あたし、キョウちゃんに教えてもらおうと思ってるんだけど、一緒にどうかな?」
「・・・・・・神崎に頼むくらいなら0点の方がマシ」
「会長さんは? 英語得意だっけ?」
「絶対無理! 風璃にこんなの見せらんないよ」

それもそうだ。

ぐるりと周囲を見渡せば、ひとり満点を取った吉口を始め、クラスの頭脳派生徒の元にはすでに人だかりができている。

どうしたものかと悩んでいると、ふと絢世の隣に長身の影が立った。
見上げた先には、黒と紫のオッドアイ。

「黒姫はどうした、体調が悪いのか?」

小首を傾げるクローヴィス。原因は彼の出したテストなのだが、ここで文句を言うのも筋が違う。

「先生、あたし、この問題さっぱりなんですけど」
「ああ、あてはまる他動詞を選べばいい」
「・・・・・・たどうし?」

その場で特別授業が始まった。
解説は短時間ながら、簡潔で分かりやすい。
いつの間にか、かえでも顔を上げて聞いている。

「先生、ここは?」

近くで聞いていたクラスメイトが質問を投げかけるが、クローヴィスはちらりと時計に目をやって首を振った。

「すまない、明日の朝でよければ聞こう。・・・・・・萩野、時間はあるか?」
「え、あたし? 大丈夫ですけど」
「話がある。来れるか?」
「はい」

言われて絢世は手早く荷物をまとめる。今日もアルバイトだというかえでに別れの挨拶をし、席を立った。

背の高いクローヴィスと並んで歩き、途中立ち寄った下駄箱でスニーカーを取り出す。そのまま帰れるようにという配慮だろう。職員室からなら職員玄関を使わせてもらう方が校門に近い。

苦もなく隣を歩けているのは、相手が歩調を合わせてくれているからだと気づいた。
何を考えているかがいまいち理解できず、また容赦ない抜き打ちテストが多いため、生徒の間では好き嫌いが分かれる副担任だが、やはり信頼できる大人でいい人だと絢世は思う。

下校する生徒達で混雑する昇降口を過ぎると、保健室、放送室などが続き、体育館の手前で折れた先が管理棟。その入り口には教師用の下駄箱が並んでおり、クローヴィスはそこで足を止めた。

「職員室じゃないんですか?」
「ああ、私の部屋に。その方が話が早い」
「あ、そうですね。お邪魔します」

納得した絢世が靴をはきかえようとかがみ込むと、

「ちょっと待てぇっ!」

大声が脳に突き刺さる。
キンキンする耳を押さえながらそちらを振り向くと、息を荒げた杏輔の姿があった。

「うるさいよキョウちゃん・・・・・・」

ことさら嫌そうな顔で言ってやったつもりだったが、杏輔は気にもとめず、呼吸を整えるとまっすぐにクローヴィスを睨み据えた。

「昇降口から離れていくから何かと思えば・・・・・・、貴様それでも人を教える立場の人間か! 教師が腐っているなら社会が腐っているのも道理というわけだな!」

滅茶苦茶な批判を吐き散らしつつ、つかつかと寄ってきた彼は、乱暴に絢世を押しのけて麗人の前に立った。圧倒的な身長差にもめげる様子はない。
対するクローヴィスはといえば、こんな事態に遭遇しても真面目な顔で、静かな言葉を杏輔に返す。

「私個人への意見としては、いささか規模が大きすぎるように思う。神崎、何か誤解をしているようだ」
「誤解で言い逃れられると思うな! 絢、何をしている。早く職員室へ行ってこのセクハラ教師を訴えてこい」
「腐ってるのはキョウちゃんの頭の方だよ・・・・・・」

どうやら会話の端だけ聞き取って、勝手な解釈をしたらしい。なんて迷惑な。

「用事って、『すいは』君のことですよね。だから部屋に来た方が話が早いんでしょう?」
「ああ・・・・・・、勘違いさせたようですまないな」
「ほら。先生はそういう・・・・・・、キョウちゃんが考えたようなことする人じゃないよ。キョウちゃんにとっては残念だろうけど」

呆れ声で絢世がそう言うと、なぜか杏輔はひどく驚いた顔をしてこちらを振り返った。

「残念ってどういうことだ」
「残念じゃないの?」

てっきり、叩くのに格好のゴシップを逃して悔しがるかと思ったのだが。
互いにきょとんとしたまま、見つめ合うことしばし。やがて二人の頭上から、クローヴィスの咳払いが沈黙を破った。

「神崎、私の言い方が悪かった。すまない。そこでというわけではないのだが、お前にも来てもらいたい。『すいは』について少し、わかったことがある」
「・・・・・・そういうことなら早く言えばいいものを。仕方ない、いち関係者として僕も参加させてもらおう。靴をもってくるから、絢、ついてこい」
「なんで。いちいち戻るのやだよ、あたし」

クローヴィスの謙遜に気をよくしたのか、随分と不遜な物言いである。不満を口にした絢世の腕を強引に引っ張り、いいから来い、と杏輔は廊下を戻り始めた。

「え、ちょっとホントに? 先生ー」

とクローヴィスに助けを求めたが、彼はその無表情に珍しく微笑みを浮かべ、二人を送り出すのだった。

「待っているから行ってこい」

直後その唇が「良い友人だな」と動いたように感じたが、一連の流れをどう見ればそんな結論に至れるのか、絢世には全く以て謎だった。