第10話

 

「お化けが出るのよ」

開口一番、橙珂は楽しそうに言った。

「使用人から聞いたの。町外れの古い空き家に、夜な夜な女の亡霊が出るんですって」
「いやに楽しそうじゃねぇか。お前、そういうの苦手じゃなかったか?」
「細かいことはいいのよ。ねぇ、行ってみない?」

碧珠の疑問は容赦なく切って捨てると、彼女はにこにこと目の前に座る二人、翠羽と白羚に笑いかける。碧珠たち5人が席を取った甘味処では、こんな不穏な話をしているグループは他に無い。
朱玉お勧めのみたらし団子を頬張っていた白羚が、理解が及ばなかったように首を傾げて翠羽を見上げた。

「翠羽、亡霊って何?」
「えっと」
「死んだ人の魂が、この世に未練があって化けて出ること」

口ごもった翠羽に代わり、朱玉が白羚の問いに答える。団子の串を立てて、指し示すように続ける彼。

「柳藩の平和を守っているのは、黄雅さんたち治安部なんだけど、彼らはただの正義のヒーローじゃなくてね。それなりに悪どいこともやってる。最たるものが十年前の抗争なんだけど、聞いたことはある?」
「ない」
「朱玉、白羚にそういう話は……」
「おい、こんなところでする話じゃないだろ」

顔をしかめる翠羽。碧珠もそれに同調するが、それはこの話題を嫌がる橙珂のためを思ってである。
朱玉も事情は知っているから、普段だったらこんな話はしない。しかし、気にかけて盗み見た彼女の表情に変化はなかった。そのことで気づく。兄と彼女は何か共謀しているらしい。

戸惑い顔の白羚に、朱玉はことさらもったいぶった様子のささやき声で続けた。

「十年前に治安部を担っていた人たちは、今の治安部とは違うんだ。彼らの名前は『朱雀衆』。黄雅さんが所属する今の治安部は『玄武衆』っていう。この二つのグループが、早い話が殺し合いをして、治安部の座を争ったわけ」

物騒な単語に、白羚が顔を歪めた。言わんこっちゃない。しかし、どうやら朱玉の目的は、彼女を怖がらせることにあるようだった。

「なんでそんなことしたの?」
「なんでだろうねぇ。とにかくそんな争いがあって、人が大勢死んだ。その中に、『朱雀衆』の用心棒をしていた男もいた」

朱玉は話が上手い。いつしか白羚だけでなく、翠羽や碧珠までその物語に引き込まれていた。

用心棒には結婚を誓った女性がいた。ところが抗争で用心棒が死んでしまい、悲しんだ彼女は後を追って自殺してしまったのだという。その霊が、二人の住んでいた家に今も彷徨っているのだとか。

「かわいそう……」
「かわいそうだね。それでも、彼女には話を聞いてくれる相手もなく、亡霊となってしまっているんだ。白羚、その女性の話を聞いてあげてくれないかな?」
「聞いてあげるとどうなるの?」
「満足して、闇の女神の元へ旅立てるかも。そうすれば恋人とも再開できる」

見事に朱玉の術中にはまった少女は、瞳に決意の色を浮かべて傍の翠羽の袖を引く。

「翠羽、あたし、助けてあげたい」
「……えぇ、それ絶対朱玉の」

嘘でしょ、という言葉は続かなかった。橙珂が彼の口にみたらし団子を突っ込んだために。

「そういうわけだから、これは人助けよ、人助け。今晩、その空き家に集合して、みんなでその幽霊に会いに行きましょ」

強引にそう決めると、彼女は机の端に置いてあった伝票をこちらに押し付けた。ため息とともに伝票を受け取った碧珠は、慌てたように財布を出す翠羽を押しとどめて席を立つ。
おそらく彼は今晩ひどい目に遭う。それを思うと、せめて奢ってやるくらいはしてやりたいと思うのだった。