第11話

 

「……それで、なんだこりゃ」

その日の夜。噂の空き家に集合した碧珠たちは、橙珂の面白いからという一言で二人ずつ探索をすることになっていた。
その彼女と自分がペアで一番最初、次に翠羽と白羚、朱玉は一人で最後に、という順番であり、これはもう前後から驚かそうという魂胆が丸見えである。恐らくは翠羽も気づいているだろう。

何も知らされていなかった碧珠だが、案の定屋敷に入ったところで橙珂からおもむろに指示され、下駄箱の中に隠してあった釣竿を持たされた。糸の先にはこんにゃくがぶら下がっている。

「翠羽にはバレてるぞ、多分」
「いいのよ、驚かせるのは白羚なんだから。これは、怖がる白羚に翠羽のかっこいいとこ見せるための計画なの」

それだけのためによくこんな準備を、と碧珠は呆れざるを得ない。屋敷は虹族の住居としては珍しい二階建てで、一階の各部屋には朱玉たちの手で立ち入り禁止の札が下がっていた。階段を上がり、二階の奥の部屋で亡霊に対面してもらうのが彼らの計画らしい。空き家となっていた割にはきれいな内装だったが、床や壁にはあちこちに、怖がらせる雰囲気づくりのビラや小道具が配置してあった。

「裏口から入った朱玉が一階の担当、あたしたちは階段と二階の担当よ。ほら、早く配置につくわよ」

そういう橙珂は、白い単衣に身を包んでいる。亡霊の役をやるつもりのようだ。持って来ていた口紅で唇が裂けたようなメイクを施しており、暗がりで見るとなかなか不気味である。

彼女と二人、まずは階段の上に陣取ると、しばらくして立て付けの悪くなっている扉をガタガタと開ける物音が聞こえた。

「うわ、暗いな……。白羚、手を繋いで行こう」
「うん」

翠羽の持つロウソクの明かりで、二つの影が壁に揺らめく。彼らはまず、一階の通路を見て回ることにしたようだった。

「最初っから手を繋ごうなんて、なかなか大胆ね、翠羽」
「いや、お前が思ってるような下心はあいつにはねぇだろ……」

真面目で素直で紳士的なのが翠羽である。橙珂は、彼が白羚に親切にするのを恋愛感情だと思っているのかもしれないが、碧珠の見解は違った。あれはおそらく、初めてできた妹分に舞い上がっているだけなのだ。

翠羽は自分たちグループの中では一番年下で、力があるわけでもなく、加えてあの顔立ちだから、碧珠としてもこれまでは、守ってやらなければならない対象として捉えていた。しかし、最近になって彼自身が、守られてばかりは嫌だと反発するようになった。本人がもっと強くなろうと努力しているのは碧珠も知っているが、実力がまだまだ伴っていない。そんな折に出会った、見るからにか弱い白羚だから、翠羽が躍起になって守ろうとするのはある意味当然かもしれなかった。

ばたん、と何か大きな音と、白羚の悲鳴が聞こえた。続いて、翠羽の憤慨したような声。

「もう、みんなふざけすぎでしょ!」
「うわ、俺まで共犯じゃねぇか」
「今夜ちゃんと来た時点で、あんたは共犯決定よ。残念だったわね」

くすくすと橙珂が笑う。正確には、甘味処に同席していた時点で、自分の性格上こうなることは必然だったのかもしれない。それを見透かされているようで、碧珠は楽しそうな橙珂から顔を背けた。

「……お前は良かったのかよ、『朱雀衆』の名前出して」

隣の気配が一瞬強張った。視線を戻すと、彼女は見開いていた瞳をゆっくりと閉じ、にっこりと微笑んで見せる。

「大丈夫よ。今となっては、こんな時にしか役に立たない名前だもの。せいぜい有効活用しなくちゃね」
「……お前も、大概だな」

無意識にだろうが、彼女の白い掌は自身の動かない足首に添えられていた。そこに目を落とし、碧珠はため息をつく。彼女の強がりは知っていたし、そこで頼って欲しいと感じる自分の心情も馴染みのものだった。今の関係を壊すのが怖くて、間違っても口に出しては言えないのだが。

突然、二人の座り込んだ廊下の窓が、ばんばんと音を立てた。身を竦ませた橙珂をかばうように、碧珠は腰を浮かせてそちらへ向き直る。

「風か?」
「え、そんなに風強かったかしら」
「朱玉がこっちまで脅かしに来たとか」
「でも、この窓、二階よ……?」

顔を見合わせる碧珠と橙珂。その二人の間を不意にひんやりとした風が通り抜けた。振り向くと、背後の扉が細く開いている。
その隙間から、十本の白い指がにゅう、とはみ出していた。
背筋に冷たいものが走り、次の瞬間碧珠は硬直した橙珂の体を抱え上げて、全速力で階段を駆け下りた。

「え、碧珠?」

今まさに階段へ足をかけようとしていた翠羽の手も掴んで、白羚まで繋がったまま外へ飛び出す。
玄関の外では、朱玉が庭木にもたれていた。塊になって出て来た四人を見て、さすがに彼も目を丸くした。

「どうしたの?」
「帰るぞ」
「え、でも、幽霊さんが」
「いいから帰るぞ」
「そ、そうね。今日はもう帰りましょ、夜も遅いし」
「まだそんな時間でもないけど……」

碧珠の肩に抱えられたままの橙珂も、不自然に硬い笑みを浮かべて同意する。翠羽たちの不審げな視線を浴びながら、それでも碧珠と橙珂が頑なに主張したため、その日はそれでお開きになった。