第12話

 

肝試しがうやむやな形で幕を閉じた、翌日。
白羚にどうしてもとねだられ、明るい時間に翠羽は再度、幽霊屋敷に足を運んでいた。日の光の下で見ると、なんてことはない空き家である。もちろん、亡霊の気配なんてしない。

決意に満ちた表情で、扉に手をかける白羚。しかし、結局彼女の力ではガタつく引き戸はびくともしなかったので、翠羽が代わりに開ける。
そこに、意外な人物の姿があった。

「リェール?」
「……翠羽と白羚か」
「何やってるの、こんなところで」

腕まくりをした彼は、壁のあちこちに貼られた紙を剥がしているところのようだった。おどろおどろしい文字の並んだビラは、十中八九、朱玉と橙珂が準備したものだろう。
その紙面に目を落としながら、リェールは淡々と続ける。

「お前の友人たちに伝えておいてくれ。肝試しはいいが、後片付けをちゃんとするように、と」
「うん、わかった。……って、いや、だからね?」

なぜ彼が昨晩の出来事を知っているのか。そもそも、どうしてここでその片付けをしているのか。翠羽はそれが知りたかったのだが。

「リェール、幽霊さんは?」

白羚の問いかけには、さらに難解な答えが返ってくる。

「二階だ」
「何言ってるのかさっぱりなんだけど。それ、朱玉のでたらめでしょ?」
「昨日、碧珠と橙珂を驚かした幽霊なら、今二階で部屋の片付けをしている」
「丁寧な説明が欲しかったわけじゃなくてね?」

なんで幽霊が部屋の片付けをしているのだ。
翠羽の頭が疑問符でいっぱいになっていることにようやく気付いたのか、リェールは立ち尽くす二人の方へ向き直った。

「朱玉の話は知らないが、この家は十年前に紫響が住んでいた場所だそうだ」
「えっ、そうなの?」
「じゃあ、前の治安部の用心棒っていうのは……?」
「恐らく、紫響のことだろうな。私は彼女から、所属していた組織が解体したのをきっかけに帝国へ出てきたと聞いている。そのあたりを脚色したのだろう」

そういえば、いつか朱玉は嘘をつく時のコツとして、少し事実を織り交ぜると良いのだと言っていたか。治安部の座をめぐる抗争があったことは翠羽も覚えていたが、この家に住む用心棒が実際にいたとまでは思わなかった。もっとも、朱玉がどこまでを知っていたのかはわからないが。

「昨晩、片付けをしていたら、お前たちがやって来たのでな。肝試しだとわかったら、紫響が自分たちも脅かしてやろうと言い出した。すまなかったな」
「えっ、あ、それは別に、いいんだけど」

生真面目に頭を下げるリェールに、翠羽は慌てる。昨晩碧珠が血相を変えて退散してきたのは紫響のせいだったらしい。あれほど取り乱すくらいだから、それは大層な脅かし方をしたのだろう。巻き込まれただけの彼は災難だったとしか言いようがない。

「こちらこそ、勝手に紫響さんの家で肝試しなんかしてごめんなさい。てっきり空き家だと思ってたから……。あれ、空き家だよね?」

空き家なのは間違いない。紫響は他ならない翠羽の家に居候しているし、彼女が柳藩に戻ってくる以前から、この家には誰も住んでいなかった。
ふ、とリェールが頰を緩める。

「いつまでも、お前たちの家に厄介になるわけにはいかないだろう」
「……それって」
「しばらくは、私たちは柳藩に居ようと思っている。そのための片付けだ」
「本当?」

はしゃいだ声をあげたのは、翠羽だけではなかった。同じく、表情を明るくさせた白羚が、リェールの長身に飛びつく。

「ねぇ、本当に本当?」
「本当だ」
「やったぁ! 翠羽、よかったね。明日も明後日も遊べるよ!」
「そうだね。私も嬉しい」

心の底から嬉しそうな白羚に、翠羽も微笑み返す。
リェールも白羚も、最初の緊張した様子を最近は見せなくなっていた。リェールは時折柔らかい表情をするようになったし、白羚はよく笑うようになった。
二人の事情を詳しくは知らないままの翠羽だが、自分たちとの交流が彼らの安らぎとなって、少しでもこの地に留まりたいと思うきっかけとなってくれたのなら、嬉しい。

「楽しそうだね、何の話? あたしも混ぜて」

幽霊、もとい紫響が笑い声につられて降りてくる。その手には、たくさんの布が抱えられていた。

「あ、白羚、ちょうどよかった。今ねぇ、あたしの昔の服がたくさん見つかったところ。着てみる? ねぇねぇ、着てみる?」
「着てみる!」
「よぉし、じゃあファッションショーだ!」

そのまま別室へ消えていく二人を見送り、翠羽はリェールと顔を見合わせる。

「……片付け、時間かかりそうだね」
「そうだな」