第13話

 

日が傾き始めた頃、リェールは一旦空き家を離れて翠羽と白羚を家まで送ってくれた。彼はすぐに戻るつもりだったらしいが、見る見るうちに風が強くなり、雲行きが怪しくなった空を確かめ、黄雅がそれを引き止めた。

「やめておいたほうがいいですよ、花嵐が来ますから」
「花嵐?」
「この時期の暴風雨のことをそう呼ぶんです。桜はこれで全部花が散ってしまいますね」
「しかし、紫響を一人で残しておくわけには」
「あの家は空き家だったとはいえ、治安部が管理していたからずいぶん状態もいいし、一晩くらい大丈夫でしょう。花嵐を舐めると痛い目に遭いますよ。具体的に言うと牛くらいなら浮きます」

絶句するリェールを玄関の中に引き戻し、扉に閂をかける黄雅。彼の指示で翠羽が雨戸を閉め終わる頃には、風の唸る恐ろしい音が外から響くようになっていた。夜遅くなっても風は静まる気配がなく、慣れている翠羽でさえその晩はなかなか寝付くことができなかった。

翌朝、食事の席に意外にもすっきりとした顔で現れた白羚に、翠羽は白米をよそいながら声をかける。

「おはよう、白羚。ちゃんと眠れた?」
「おはよ、翠羽。風の音が怖かったから、リェールのお布団に入れてもらったの。だから大丈夫だったよ」
「そう、良かったね」

隣で、黄雅が箸を取り落とす音がした。続いて起きてきたリェールに対して、胡乱げな瞳を向ける彼。

「……リェールさん、改めて聞きますが、あなたと白羚ってどういう……」
「一言で表すのは難しいのだが、そうだな、感覚としては姪くらいか」
「どちらにせよちょっと問題ありだと思いますが……」

頭痛を堪えるような表情になってしまった黄雅に、リェールだけでなく、白羚と翠羽も首を傾げるのだった。

花嵐は一晩で過ぎ、翌朝はいつも綺麗に晴れる。散った花びらで薄桃色の水たまりがそこかしこにできた道を、はしゃぐ白羚を先頭に四人は歩いた。
紫響の家まで半分ほど来たところで、和やかに談笑する人々の中に少女を背負った背中を見つける。

「三人とも、おはよう」
「おう、翠羽。夕べはすごかったな」
「白羚、花嵐初めてでしょう? 怖くなかったかしら?」
「うん、リェールが」

朝と同じ説明を繰り返そうとする彼女の口を、さっと黄雅が塞いだ。別に隠すようなことでもないと思う翠羽とは違って、兄の顔は真剣である。しかし、朱玉には続きが通じたようで、からかうような笑みをリェールへ向けてみせる。

「ふぅん、優しいね、『閣下』?」
「……その呼び方はやめてくれ」

眉をしかめる彼だったが、朱玉は否定も肯定もせず、ただにこにこと表面上は愛想よく笑うのみだった。

「あなたたち、町外れの空き家に勝手に入って遊んだそうですね?」
「やべっ、おい、翠羽、バラすなよ」
「別に翠羽がバラしたわけではないですよ。あの家、もともと紫響さんの家だったんです。住めるように片付けていたらあなたたちが勝手に入って来た、と俺は聞いているんですが」
「すみません、黄雅さん。でも僕たち、悪気があったわけじゃないんだ。家主本人から仕返しも受けてることだし、見逃してよ」

黄雅を拝んでみせる朱玉は、肝試しの夜の真相も推測済みらしい。やれやれ、とため息をついて、黄雅はそんな彼を含めた三人に告げる。

「謝罪は家主に直接しなさい。ちょうど、俺たちは昨晩あの家に泊まった紫響さんを迎えにいくところです。片付けもはかどっていないと聞きますし、手伝いにでも来たらどうですか?」
「あら、それ楽しそうね。行きたいわ」
「まあ、黄雅さんの言うことも一理あるね」
「お前らどうせ、行ったって片付けなんてやらねぇだろ……」

大きく息を吐く碧珠。概ね、こういう場合は彼が三人分働くことになるのが常である。そんな賑やかな友人たちを加え、翠羽たちは改めて紫響の家に向かった。