第17話

 

「こんなところで寝てると風邪ひくよ、『閣下』」

リェールが目を覚ますと、にこやかな笑顔の朱玉がこちらを見下ろしていた。彼の頭上では、満開の花を咲かせた藤が揺れている。

離れの裏手にある藤棚が見事に咲き誇っていたので、その下の草地に転がってみたところ、いつのまにか寝入ってしまったらしい。上体を起こすと、朱玉がくすくすと笑う。

「意外と子どもみたいな事をするね。髪の毛が草だらけだ、ほら」

リェールの黒髪についた芝のかけらを摘まむ彼。

「朱玉」
「あ、覚えててくれたんだ。ありがとう」
「どこまでを知っている?」

詰問するような硬い声になったが、彼は気にしていないようだった。

「帝国先代皇帝の弟が遺伝子研究所から実験動物2体を盗み出したこと。そのために帝国軍から追われていること。その張本人がここでうたた寝してたこと、くらいだね」
「紫響を襲った者の見当もついているのだろう」
「そっちこそお見通しじゃないか。帝国軍には、表には知られていない暗殺部隊があるらしいね。大方、そいつらじゃない?」

何でもないように答えられて、リェールは内心舌を巻く。どうしてそんな軍事機密が帝国人ですらない青年の口から出るのか。

「……お前は何がしたいんだ」
「うーん、質問が難しくなったねぇ」

隣良い? と前置きした朱玉が同じ藤棚の下に腰を下ろす。

「何がしたいって、特にないかなぁ。知りたいだけだよ」
「好奇心は猫を殺すと言うぞ」
「いいね、それ。好奇心に殺されるなら本望さ」

楽しそうに笑う彼。毒気を抜かれたリェールは、ため息をついて再び芝生に転がった。

「紫響は、私に幸せになって欲しいと言っていた。私は、紫響の方こそ幸せにしてやりたかったのに」

空は気持ちよく晴れていた。藤の花越しの日光が眩しくて、手の甲でまぶたを覆う。

朱玉の声は容赦が無かった。

「過ぎた事を悔いても仕方がないよ。それよりも、あなたにはまだこれからできることがあるはずだ。そうじゃない?」
「紫響を忘れて幸せになれと?」
「普通の人ならそう言うね。でも、僕はほら、意地悪だから」

腕をずらして伺った横顔は、悪戯を思いついた子どものような、それでいてどこか酷薄な表情を浮かべていた。

「『閣下』にしかできないこと、あるんじゃないの、って」

冷たい笑顔を受け止め、リェールは大きく息を吸って、吐き出した。地面から体を離し、立ち上がる。

「感謝する、朱玉」
「貸しにしとくよ」

ひらひらと手を振る朱玉に背を向け、歩き出すリェール。意識がいやにすっきりとしていた。