第5話

 

太鼓の音が会場に響く。同時に、弦楽器とも笛ともつかない音色が流れ出し、舞台の上に次々と人の姿が現れる。
白いゆったりした服を身にまとった壮年の男と、後ろに続く少女が四人。彼女たちはいずれも彩り鮮やかな、ひらひらと翻る長い衣装に、飾りのついた扇を手にしていた。

檜舞台の上には白い布で飾られた大きな鏡が鎮座しており、男はその前に座ると、朗々と響く声で何やら唱え始める。虹族たちの言葉のようだが、難解すぎてリェールには聞き取ることができなかった。黄雅の方へ顔を向けると、彼は心得たとばかりに微笑む。

「古語ですからね。俺たちに伝わる神話です。ええと、世界には陰の気と陽の気があって、普段はそれがバランスよく保たれているという考えがそもそもあるんですが、この辺は大丈夫です?」

リェールは頷く。それは、帝国の創世神話とはまるで違う思想だったが、そういうものだと思って納得することにした。

「ずっと昔、陰の気を司る闇の女神と、陽の気を司る光の神が、それはもう壮絶な夫婦喧嘩をしたんだそうです。そのせいで陰陽の気はバランスを崩し、世界中が大混乱に陥りました」

伝わる神話自体も、格式を重んじる帝国のものと比べ、随分親しみのある内容だった。

「これは一大事と思った他の神々が慌てて仲裁をして、二人は仲直りをすることにしたんです。その時、仲直りの印としてお互いの姿に似せた新しい生き物を作ることにしました。光の神が作ったのが、黒髪黒目の帝国人の祖先。闇の女神が作ったのが、金色の髪に虹色の瞳の、俺たち虹族の祖先というわけです」
「……虹色の瞳」
「俺たちの最大の特徴でもありますね」

黄雅の柔和な双眸はべっ甲のような澄んだ色をしている。先ほど見かけた、彼の弟らしき少年は深い緑色の瞳をしていた。
血の繋がったもの同士でも、瞳の色だけは完全にランダムに決まる。その特殊な遺伝子は虹族にしかない稀有なものであり、また紫響を苦しめてしまった原因でもあった。

「弟の友人に、双子なのに目の色は違う兄弟なんてのもいますよ。……というわけで、そんな母なる闇の女神に感謝を捧げるのが、このお祭りの1番の目的ですね」

と、黄雅は解説を締めくくった。ほぼ同時に男の声も止み、退席する彼の代わりに四人の少女が立ち上がる。
再び始まった演奏に合わせるように、彼女たちはぴったり揃った動作で腕を伸ばし、優雅な仕草で扇を翻した。なるほど、これが「舞」か。

「……黄雅」
「はい」
「紫響は、これができるのか?」

見ているうちに不安を覚え始めたリェールは、隣の黄雅に問いかける。言ってしまえば悪いが、リェールの知る紫響はかなり自由奔放で、大味な性格だから、このような繊細な動きができるとは到底思えなかった。

しかし、自分よりも彼女をよく知る黄雅は、大丈夫大丈夫、と軽い調子で笑って見せた。

「全然想像つかないのもわかりますけどね。あの人、あれで百年に一度と言われる逸材ですから」

やがて少女たちの舞も終わり、退出していく四人を追って盛大な拍手が会場に響き渡る。その波も静まり、しんと静謐に満ちた檜舞台の上に、ゆっくりと彼女は姿を現した。

頭上に結い上げられた白金の髪。
桜色のたっぷりとした裾の衣装には、涼やかな音を鳴らす玉の飾りがいくつも縫い付けられている。
華やかに化粧を施した顔の中、黒とスミレ色の瞳が強い意志を宿してきらめいていた。

息を飲んだのは、リェールだけではなかった。観衆の視線を釘付けにした紫響は、口元に優美な微笑みを浮かべると、流れ出した音楽に乗せてゆったりと舞い始める。
伸ばした指先はしどけなく空を泳ぎ、ふわりと広がる袖の軌跡にさえ魂がこもっているように映る。
風に運ばれた桜の花びらまで、彼女の舞の一部のようだった。

実際はそれほど長い時間ではなかったのだろう。演奏が終わり、紫響が腰を折って礼をすると、誰かがこぼしたため息が耳に届く。リェール自身、その音でようやく呼吸を思い出したほどだった。

甲高い笛の音が鳴り響き、先ほどとは違うテンポの速い曲が始まる。いつのまにか紫響の両手には飾りのついた宝剣が握られており、彼女がくるくると回る度にきらりと光を反射した。

「リェール君」

不意に舞台上から呼びかけられ、リェールは目を瞬かせる。

「上がって。あたしと勝負しよう」
「ご指名ですよ、リェールさん。あちらからどうぞ」

にこやかな笑顔の黄雅が、舞台袖の階段を示す。訳も分からないまま、押し出されるように檜舞台へ上がると、思った以上に多くの人が広い観覧席を埋めていた。

「驚いた? あたし、元々ここで巫女さんやってたの」
「……巫女というのは、舞を披露する役目ということか」
「そう、神様の前でね。でもそれだけじゃないんだよ。闇の女神様は剣の試合を見るのも好きなんだ。……あたし、結構強いよ?」
「そうか」

二本の剣を構える紫響に、リェールは自分の長剣へ手を添えることで応える。
満足そうな彼女の笑みは物騒ながらも艶やかで、やはり彼女は美しいと改めて感じるリェールだった。