第6話

 

両手の剣を巧みに操る、華麗な立ち回りの紫響。対するリェールは防戦一方に見えるが、隙のない身のこなしで彼女の攻撃を受け付けない。どちらも共に、自分よりもはるかに強いのだろうと、翠羽は息を飲んで試合を見守っていた。
隣で、同じように二人を見下ろしていた朱玉が呟く。

「……あー、なるほどねー」
「何一人で納得してんだ、お前」
「教えてくださいお兄様、って言えたら教えてあげる」
「興味ねぇし、言わねぇよ」

嘆息して観戦に戻る碧珠に、つまんないなぁと苦笑する朱玉。

「しかし、強ぇな、あの帝国人」
「そうなの? 僕には、紫響さんだっけ、そっちの方が優勢に見えるけど?」
「そっちも強ぇんだけど、まだ勝てそうな気がする。でも向こうは勝てる気がしねぇ」
「主観じゃん」
「翠羽、お前は?」
「碧珠が勝てないのに、私なんかが敵うわけないって……」

柳藩の若者たちのうちでは最強を誇る彼の問いかけに、翠羽はげんなりと首を振って答えた。

翠羽たちが白羚を誘ったのは、神舞を一番良く見ることのできる、秘密の場所だった。檜舞台に面した社殿の屋根の上である。もちろん、女神を祀った社殿の上に登るなど罰当たりも甚だしいので、バレた時には酷いお説教を食らうだろう。しかし、そのスリルも楽しさのうちで、毎年自分たちは懲りずにここを利用していたのだった。

高いところは怖がるかとも思ったが、白羚は目を輝かせて神舞を鑑賞していた。しかし、翠羽が試合に目を奪われていた間にいつしか彼女は自分の隣から離れ、社殿に登る際に使った桜の木になんとか手をかけようとしていた。
危なっかしい姿勢で腕を伸ばす白羚がバランスを崩す前に、大慌てで瓦を蹴って駆け寄る翠羽。

「お、落ちるよ白羚……! 急にどうしたの」
「翠羽、だって、あたし、二人を止めなきゃ」
「止める? どうして?」

切羽詰まった目で、彼女は続ける。

「紫響とリェールが喧嘩するなんて、初めて見たの。あたしが止めなきゃ」

白羚の混乱が飲み込めず、ただ目を瞬くばかりだった翠羽の傍に、寄ってきた朱玉がしゃがみこんだ。

「大丈夫、あれ、喧嘩してるわけじゃないから」
「だって……」
「ガチで戦ってるのは本当だけどね。帝国とは文化が違うんだろうな。僕らは真剣同士での試合は、よっぽど信頼を置いた相手でなければしないんだ。あのお兄さんがそれを知ってるかどうかは知らないけど」
「木刀すら持たないお前が何を」
「うるさいな碧珠」

笑顔のまま弟の言葉に反論する彼。白羚は、見開いた大きな瞳をそのまま翠羽の方へ向ける。

「……そうなの?」
「そうだよ」

だから安心して、と続けると、ようやく頷いた彼女は翠羽の手を借りて再び元の位置へ座った。
キンキン、と続いた刃の音が一旦止まり、双方が距離を置いて見つめ合う。剣試合は佳境に入っていた。

「それにしても綺麗なお兄さんよねー。あなたたちとはどういう関係なの?」

戻ってきた白羚に向けて、橙珂が尋ねる。それは翠羽も気になっていたことで、全員の視線を集めてしまった白羚は、言葉を探すように視線をさ迷わせながら答えを口にした。

「えぇっと、リェールは、あたしたちを助けてくれた人……。紫響は、リェールとはすごく仲良しで、だから眼の色も半分こしたんだって、言ってた」
「……そう、そういう事」

すっと目を細くした朱玉は、何かを理解した顔をしていた。

「訳が分かんねぇよ。おい、何かわかったなら教えろ」
「教えてくださいお兄様、って言えたら教えてあげる」

一転して笑顔を見せる兄に対して、碧珠は静かに、拳を握りしめて立ち上がった。

「……やっぱり一度締めておくか。世界平和と俺の今後のために」
「え、待って待って、今騒ぐと見つかっちゃうよ!」
「あはは、悲しいなぁ翠羽。後でなら僕が虐待されてもいいのかなぁ」
「そういう訳じゃないけど、とにかく今はダメだってば!」

翠羽に羽交い締めにされたくらいで止まる碧珠ではなく、彼は相変わらずにこやかなままの朱玉の胸ぐらを掴む。こちらの騒ぎなどには興味なさそうに、再び試合観戦に戻っていた橙珂が、ふと声をあげた。

「あんたたち、決定的な瞬間見逃したわよ?」

冷たい視線に晒され、慌てて翠羽たちが檜舞台を見下ろした時には、すでに剣試合の決着がついていた。