第1話

 

下駄箱を開けると、可愛らしく包まれたチョコレートが次々に転げ落ちてきて、早乙女風璃の足元に山を作った。2月14日、バレンタインデーである。
もう毎年のことだから、風璃も特段驚かない。ため息をつきながらチョコの一つを拾い上げると、後ろから気安い声で話しかけられる。

「よう風璃、今年もすげぇな。去年より数増えてんじゃねぇ?」
「やるよ、江崎」
「却下だ。ちゃんと持ち帰れよ、ファンサービスは大事だぜ?」

クラスメイトの江崎誠。入学以来の付き合いである彼もこの事態を見越していたらしく、どこからか大きな紙袋を取り出すと手早くチョコの山を片付け始めた。

「新生徒会長君へ、だって。先輩からかな? 何にせよ、当選決まったことでお前の人気もうなぎ上りだなぁ」
「誰のせいだよ」
「俺のおかげだろ」
「頼んでねぇし」

はぁ、とため息をついて、江崎が広げた袋の口にチョコを落とす風璃。普通の男子高校生ならば喜ぶ事態なのかもしれないが、自分にとってはそうではなかった。故に、一年でもっとも煩わしいのがバレンタインだと言ってもいい。寒いし。

日本人離れした艶のある銀の髪に、アメジスト色の大きな瞳。笑えば大輪の花のようだ、口を噤めば気品があると、誰もが称賛する自分の容姿を、風璃自身は持て余していた。

ただでさえ目立つのだから、できるだけ大人しく学生生活を送ろうと心に決めていたのに、親友江崎の策略によりこの秋まさかの次期生徒会長に選出されてしまい、最近の風璃は頭の痛い日々を送っている。親友曰く、どうせ目立つのだから徹底的に目立ってしまえ、とのこと。俺はどうしてこいつと仲良くしているんだろう。

その江崎本人は、風璃とは違って常識的な範囲の顔立ちをした、大胆な校則違反者だった。茶髪はヘアカラー、細いつり目を覆う眼鏡は伊達。美浜山高校の制服である濃緑のブレザーも、学校案内に載ったモデルのように着こなす風璃に対して、江崎の崩し方は風紀委員が飛んできそうなだらしなさである。言動と相まってどうにも軽薄な印象が拭えない青年だった。

夕日で昇降口のガラス扉が姿見のように、そんな正反対の自分たちを映している。それを横目で見ながら、風璃はようやく空になった下駄箱から靴を取り出した。江崎から受け取った紙袋は、持ち帰るのが億劫になる程の重さになっている。自然と、二つ目のため息が口をついて出た。

「そんなに嫌なら、誰か一人と付き合っちまえば? そうすればチョコの山からは解放されるかもしれないぜ?」

また無責任なことを言う。

「嫌に決まってるだろ、面倒臭い」
「枯れてんなぁ。お前、この前も、深雪先輩から告白されて断ったんだろ、もったいない」
「なんでお前が知ってんだよ」
「俺に秘密は通用しないってことだよ」

ぎょっとする風璃に、江崎はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。

制服の胸ポケットで携帯が振動する。引っ張り出した液晶には、伊吹朔夜の名前が明滅していた。

「江崎、悪い」
「ん、じゃあ俺帰るわ。またな、風璃」

去っていく背中を見送り、風璃は携帯を耳に当てる。電話をかけてきた相手は、枯れ葉のようなハスキーボイスで、囁くように喋り始めた。

「風様、今よろしいでしょうか。今夜の、お仕事のことなのですが」