第2話

 

黒姫かえでは家出中である。

進学先の高校をどうするかで、父親と大喧嘩をしたのが一週間前。両親は自分を、県内でも教育に厳しいと評判の全寮制女子高へ入れたかったようだが、そんな灰色の高校生活なんてごめんのかえでは、勝手に制服の可愛い私立高校を受験し、合格を確認したその足で家出を決行した。今日一日、どこで見つかって連れ戻されるかとひやひやしていたのだが、意外にも通っている中学校の近辺では親の姿は見かけなかった。

家出中であることは、誰にも内緒である。放課後、後をつけられないように細心の注意を払って大幅な回り道をしてから、かえでは寝床に定めた廃ビルに帰り着いた。クラスメイトの家に泊めてもらうことも考えたが、長く居座れば迷惑だし、それ以上に怪しまれる。親同士で連絡されて捕まったのでは目も当てられない。
幸いここは近くに銭湯もあったし、他に寝泊まりしているホームレスもいないようだった。

しかし大きな問題が一つ。二月の夜の寒さをかえでは侮っていた。
暖房設備もない廃ビルはひどく冷え込み、昨晩は眠ることもできなかった。おかげで、今日の授業の内容はまるで頭に入っていない。ぼんやりと霞む頭でなんとか帰り着いたものの、今晩もここで過ごすのは無理だと悟っている。どこか、暖かい別の隠れ家を見つけなければならない。

「もう、帰ろうかなぁ……」

考えるのはやめて早めに眠ってしまおうと、潜り込んだ寝袋の中で、つい口から弱音が漏れた。床は固く、寝心地が悪い。ベッドを恋しく思いながらも、大声をあげる父親の姿が脳裏に浮かぶと、やはり譲ることのできない選択だったのだと自分を納得させるかえでだった。

どれくらいの時間が経っただろう。眠気のおかげか、昨晩よりは寒さが和らいだためか、かえではいつしかうとうととまどろんでいた。今日はこのまま眠れそうだ。
そうして意識を手放す寸前に、耳がぱちぱちと何かの弾ける音を拾う。違和感に、急速に眠気が薄らいでいき、続いて明らかに部屋の温度が上がっていることに気づいて跳ね起きた。部屋の入り口が炎に包まれていた。

「嘘でしょ……!」

顔から血の気が引く。大慌てで財布と教科書が入った鞄を抱き寄せ、しかしそのまま硬直してしまう。一つしかない扉が燃えているのに、どこから脱出しようというのだろう。こんな時はどうすれば良いのだったか。

はっとベランダの存在に思い至り、駆け寄ったサッシを開け放つと、勢いよく吹き付ける熱風に急いで顔を覆った。かえでが考えていたより火事は深刻だったらしい。いよいよ逃げ場をなくし、その場にへたり込んでしまう。

煙を吸い込んでしまったようで、大きく咳き込む。だんだん、頭も朦朧としてきた。こんなことなら、家出なんてしなければよかった。
遠のく意識の中、誰かが自分を呼ぶ声がぼんやりと頭に響いた気がした。まぶたの裏にちかちかと涼やかな銀色が舞い散る。かえでの記憶はそこで途切れた。