第4話

 

かえでを拾ってくれた家は、こういう言い方は悪いが、かなり妙な家族構成だった。
表札に載った姓は「伊吹」。その名字を使う人間は二人いて、かえでを助けてくれた美形、風璃の姉たちだという。名前はそれぞれ、緋雨と柚子妃。
しかし、彼女たちと違って、風璃本人は自分で早乙女と名乗っていた。それは非常に似合いの名だとは思ったが、問題はそこではない。
一方、かえでの容体を診てくれた医師は、他の全員からドクターとしか呼ばれておらず、どういう立場なのか不明なままである。外見の特徴だけなら、彼が風璃の父親のようなのだが、二人の態度は親子のようには見えなかった。
そして、もう一人いる居候とはまだ会っていない。その人物は、広い敷地の中庭を挟んだ離れに住んでいるのだが、滅多に母屋には顔を出さないとのことだった。

場所は火事現場から意外と離れていて、かえでの住んでいた戸牧市ですらない。偶然にも先日受けた私立高校のある瀬城市。その北部の、山沿いの一軒家である。昨日までは熱も出ていたので中学は休んだが、今朝その位置情報を知ったかえでは、しらばっくれてもう一日休むことにした。到底始業に間に合う時間ではなかった。

以上が、拾われてからの三日間でかえでが得た伊吹家の情報である。
どう考えても一般的な家族ではなく、他にも色々とおかしな部分はあったが、真っ正面からそれを問いただしてはダメだと思っていた。失礼だし、そんな事情に首を突っ込む前に、助けてもらった恩返しが先である。

そんなことを考えながら、かえでは伊吹家の台所に立っていた。目の前の鍋では、ぐつぐつと煮込まれたカレーがいい匂いをさせている。

「あら、かえでさん。お料理ですか?」
「緋雨さん。すみません、勝手に。あの、助けてもらったお礼にと思って……」

台所のガラス戸を開けて入ってきたのは、風璃の一番上の姉、緋雨である。伊吹家の食卓を任されているのは彼女であり、従って台所は本来彼女のテリトリーだった。無断で使用していることを咎められるかと思って小さくなるかえでだったが、緋雨は微笑んで言った。

「いい香りがしますね。何をお作りなのでしょう?」
「えっ、緋雨さん、カレー知らないんですか?」
「わたくし、洋風のお料理には疎くて」

苦笑気味の彼女自身、それを裏付けるように、今も桜色の着物に割烹着の姿である。綺麗な金髪に金の瞳と、身体的特徴は外国人のようなのに。

「……味見してみます?」

料理上手の彼女に恐る恐るおたまを渡すと、カレーに軽く口をつけたその目がまん丸になった。

「びっくりしました、辛いんですね。前に、風様がカレーが食べたいとおっしゃっていたことがありましたが、こういうものでしたか」
「はい、これをご飯にかけて食べるんです」
「それならご飯が要りますね。わたくし、そちらお手伝いしますわ」
「そうだった。ありがとうございます」

緋雨の口調はかえでに対しても丁寧だが、風璃に対してはさらに別格の扱いをしていた。まるでどこかの王族のことを話しているようである。確かに、そんな雰囲気の美人ではあるのだが、それにしたって大げさだし、そして間違っても姉が弟を指しての言葉ではない。隣で機嫌良さそうにお米を研ぎ始めた緋雨を気にしながら、かえではそんな風に思っていた。

昨日まで、かえでは夕食には与えられた和室で一人おかゆを食べていた。それは自分が病床だったからだと思っていたので、緋雨が出来上がったカレーをお盆に乗せてどこかへ運ぼうとするのを見て思わず問いかけてしまった。

「緋雨さん、それどうするんですか?」
「どうって、お食事の時間ですから、それぞれのお部屋に運びます」
「えっ、夕ご飯一緒に食べないんですか?」
「どうしてですか?」

心底不思議そうな顔をする緋雨に、説明しようとするも言葉が出てこないかえで。自分の中では、夕飯は家族で一緒に取るものであり、それが当たり前だったので、理由を問われても詰まってしまうのだった。

「わたくしと柚子妃は一緒に食べますけど、他の方とご一緒するのは、特に風様とは、失礼にあたると思いますけれど……」

自分の常識を失礼とまで言われてしまい、しかも緋雨に悪気はなさそうなので、一層困惑する。と、意外なところから助け船が来た。

「何が失礼だって?」

ひょい、と風璃本人が台所に顔を出す。

「風様、おかえりなさいませ」
「ただいま、ひさ姉。カレー? ひさ姉が作ったのか?」
「いいえ、かえでさんです」
「お前が?」

驚いた顔の彼に見つめられ、かえではお盆で顔を隠す。

「肉は?」
「牛肉」

お礼だと思って奮発したのだ。風璃が小さくガッツポーズをしたのをかえでは見逃さなかった。意外と普通の男子高校生である。

「あの、夕ご飯、みんな別々に食べるの?」

かえでが小声で風璃に聞いてみると、彼は大きな瞳を瞬いた後、緋雨に向けて唇を尖らせた。

「ほら、ひさ姉。だから言っただろ。他所のうちではみんなでご飯食べるのが普通なんだよ」
「でも、わたくしたちは風様の……」
「家族。兄弟。少なくとも俺はそう思ってるんだけど、ひさ姉は違うのか?」
「そんな、勿体無いお言葉ですわ」
「じゃあいいだろ、みんなで食べようぜ」

満面の笑みを浮かべる風璃に、根負けした緋雨がため息をつく。しかし、その様子はどこか嬉しそうだった。

「わかりました。風様がそこまでおっしゃるのなら。ドクターと柚子妃を呼んで来ますね」
「せっかくだし、水玉さんにも声掛けてみてくれないか?」
「ええ、承知いたしました」

軽い足取りで廊下に出た緋雨の背中を見送り、風璃はかえでに向き直った。

「ありがとな。俺が何回言っても聞き入れてくれなかったんだ」
「ううん、でも、緋雨さんも嬉しそうだったね」
「ひさ姉は自分に厳しすぎるんだよ。……俺、何か手伝おうか?」
「えっと、どこで食べよう?」
「座敷にテーブルを出すか、年末に使ったやつ。ちょっと待ってろ」

ばたばたと準備を済ませた頃には、柚子妃とドクター、かえでが初めて会うもう一人の居候こと水玉も顔を出し、その夜は賑やかな食卓になった。