「……っていうわけなんだけど、どう思う?」
「くそ羨ましい。死ね」
「そういう感想が欲しいんじゃねぇよ」
「血の繋がらないお姉様二人だけでも羨ましかったのに、加えて女子中学生だと? なんでお前のとこばっかそうなんだよ。お前なんかただでさえよりどりみどりだろうがこのイケメン!」
瀬城駅前のハンバーガーショップで、風璃は江崎に罵られていた。理不尽である。土曜日の店内は人も多く、声を荒げる江崎を慌てて制する風璃。
江崎は、がしがしとほとんど氷だけになったアイスコーヒーをかき混ぜる。
「あー、しかしそうねー。それでお前、今週そわそわしてたのかー」
「そうだったか?」
「してたよ。めっちゃしてた。なんかあったなとは思ってたけど、そりゃあ、家に帰ると可愛い年下の女の子が待っててくれてるんじゃ、そわそわもしますわなぁ」
「人を変態みたいにいうなよ……」
「家出中の女の子を泊めてる時点で変態だよ、残念様」
「ぐっ……」
そこだけ聞くと正論なので、何も反論できない。
背後の席から押し殺した笑い声が聞こえた。それに注意を促す低い声にも覚えがある。振り返ると、見知った二人組がそこに座っていた。黒づくめのおかっぱの少女と、くたびれたスーツの男という、なかなか珍しい組み合わせである。
「あーあ、バレちゃった。宮森のせいだぞ」
「俺のせいじゃねぇよ、サキ。お前が笑うせいだろ」
「陽一さんにサキちゃん、いつから」
驚く風璃に、陽一は自分も目元をおかしげに歪めながら言う。
「悪いな、美少年。最初からだ」
「っていうか、僕たちが先に座っていたんだからな」
「言ってくれればよかったのに……」
思わぬところで恥をかいてしまった。唇を引き結ぶ風璃に、誰だよ、と目線で江崎が問いかける。
「ゆず姉の知り合い。宮森陽一さんとサキちゃん。俺もたまに仕事手伝ったりする」
「俺、今度にした方がいい感じ?」
「いや、いいよ。俺のことはみんな知ってる」
江崎が風璃の隣に移ってきて、陽一とサキがテーブルを移動する。ついでに、空になっていた飲み物も追加で注文した。
「サキちゃんは?」
「チョコパイ、もう三つ」
「太るぞ、サキ」
「お生憎様、宮森と僕は違うのさ」
それぞれの注文が目の前に並んだところで、早速熱いコーヒーに手を伸ばした陽一が、おもむろに謝罪の言葉を口にした。
「こないだは悪かったな、美少年。情報屋がどうにかしてくれたからよかったが、危うく前途有望な青少年を放火魔にしちまうとこだった」
「いや、ただの俺のコントロール不足だし、陽一さんが謝ることじゃねぇよ」
先日、バレンタインの夜に彼らの仕事を手伝った際のことである。
解体が決まった廃ビルに、業者が入ろうとすると勝手に物が動いたり、果ては重機が誤作動を起こして怪我人が続出する。なんとかしてくれ、というのが依頼で、そういう、いわゆる心霊現象をどうにかするのが、陽一の仕事だった。
と言って、江崎がどんな顔をするかと思ったら、
「まあ、似たようなもん知ってるし?」
「俺を見るな、俺を」
幽霊と一緒にしないでほしい。確かに、現代社会からは逸脱した存在かもしれないが。
陽一がにっと笑みを浮かべた。
「おもしれぇな、この眼鏡」
「あ、俺、眼鏡はちょっと。伊達なんで」
「じゃあ伊達眼鏡。……それで、そのビルにいた子なんだろ、女子中学生」
頷く風璃。
結果から言えば、風璃のコントロール不足により心霊現象ごと廃ビルが炎上し、情報屋こと柚子妃の事後処理によって依頼自体が無かったことになった。そこに寝泊まりしていたかえではいわばとばっちりで、風璃としてはそのまま放り出すわけにいかなかった、というのが真相である。
「普通は警察に届けるもんだぞ、家出中の子供を拾ったら」
もっともである。しかし、警察に届けたら、その後は親元に帰されるのが順序ではないだろうか。帰りたくない、と言った、頼りなさげなかえでの姿が、風璃の脳裏に焼き付いて離れないのだった。
チョコパイをかじっていたサキがぼそりと呟く。
「いや、宮森には言われたくないだろ、それ」
「なんでだよ、俺は常識的な大人だぞ」
「僕を家に置いてる時点でお前も同類だって言ってるんだ。変態」
「そうなんだ? 陽一さんは年齢いってる分タチ悪いかもなぁ」
「おい伊達眼鏡、便乗するんじゃねぇ」
強面の陽一に睨まれても、それでへこたれる江崎ではなかった。軽く笑い飛ばすと、二杯目のアイスコーヒーを口へ運ぶ。
「まあ変態は置いといて、問題はその女の子に風璃の正体がバレないかってことだろ?」
「そこなんだよなぁ……」
今日、江崎に相談したかったことがそれだった。はあ、とため息をついて、頬杖をつく風璃。
もう一人の居候、水玉はこちら側の存在なので、風璃たちの正体など百も承知である。しかし、かえではそうはいかない。バレてしまって騒ぎにでもなったら、自分たちはこの街にいられなくなってしまう可能性もある。江崎という大丈夫な前例もあるが、全ての人間がそうではないと考えた方が無難だろう。
サキがにっこりと笑って言う。
「大丈夫だぞ、風璃。意外と人間って鈍いから」
「おう、サキ。俺のことかよ」
「他に誰がいるんだ」
「そうそう、学校でだって、俺以外の奴には正体バレてねぇじゃん。自信持てよ」
「そうは言ってもな……」
ぼやいてはみるが、それを後回しにしてかえでを引き受けてしまったのは風璃自身である。何か知恵が借りられればと思ったが、甘かったと認識して、アイスコーヒーを飲み干した。
「そうだな、ありがとう、三人とも。自分で言いだしたことだし、ひさ姉たちに迷惑かけないようにやってみるよ」