第10話

 

眩しい陽光にきらめく潅木の間を、剣を抜いたままジェイトは走り抜ける。
目指す先には、自分の背丈よりも大きな乳白色の軟体動物。大王クラゲと呼ばれるそいつは、この辺りでは最も手強い魔物の一種である。

不意に真っ赤な点が視界に入り込み、とっさにジェイトは左腕で顔を庇った。グローブ越しの手首にべったりと張り付いたそれは、毒々しいまだら模様のヒトデ。

「『烈風』!」

風が唸り、皮膚を切り裂かれたヒトデが地に落ちた。続く、切迫したウィラの声。

「ジェイト、腕溶けてない?」
「平気。ありがとな」
「お礼はいいから早く、俺の杖!」

叫びつつ、彼は手早く紋様を描いて別のヒトデに『烈風』を炸裂させた。

ジェイトは再び、遠ざかっていく大王クラゲを追いかける。その長い触手の先には、ウィラの大杖が揺れている。

「……このっ!」

図体の大きい魔物ほど、動きは鈍いことが多い。その例に漏れず、茂みに引っかかってもたつくクラゲに走り寄ると、ジェイトは下から狙った触手を切り飛ばした。クラゲは身を震わせ、反撃とばかりに別の足を伸ばしてくる。それは身を屈めてかわしたものの、大杖を拾い上げた瞬間、ブーツに触手が絡みつき、ジェイトは逆さ吊りになる。

「ウィラ!」

力任せに投げた大杖を見事にキャッチして、彼は不敵な笑みを浮かべた。

「おっしゃ、後は任せてよ! 貫け、『黒百槍』!」

夜闇のような黒が宙を走り、鋭い棘となって魔物の群れに襲いかかる。吊り下げられていた触手もちぎれ、ジェイトは潅木の中に落ちた。
ゆっくり傾いて、地面に潰れる大王クラゲ。あちこちにいたヒトデも、その目立つ色はもう見当たらない。

ジェイトが身を起こすと、のんびりと近づいてきたウィラが「お疲れ」と手を挙げた。

「念のため、腕見せて。火傷してたってわかんないでしょ、ジェイト」
「動けばいいよ。それより早く戻るぞ」

素っ気なく返すと、彼の脇を素通りし、ジェイトは踏み固められた山道に戻り始めた。

ノクトレスへ向かうための峠を超す途中、突然樹木の間から姿を見せた大王クラゲが、ウィラの手から大杖を奪い取った。光り物を好むという話は聞いたことがないが、とにかくもそれを取り戻すために、道を外れた茂みへ踏み込んだのだった。

もう一人の連れであり、戦闘手段を持たないティセリーには、魔物よけの護符を持たせて荷物と一緒に待たせてある。そうすれば危険はないだろうという判断だったが、彼女がいる辺りの晴れた空に突然稲妻が走った。嫌な既視感がして、ジェイトとウィラは顔を見合わせ、無言のまま足を早めた。

ティセリーはうずくまるようにして気を失っていた。背を預けた木の幹が焦げているのは、彼女が発した電撃のせいだろう。ひとまず、周りに人影も、魔物の姿も無いと見て、ジェイトは胸をなでおろす。
足元で黒焦げになっていた物体に気づき、拾い上げる。これに驚いて放電したらしい。

「何それ」
「蜘蛛」
「あー、見せなくていい、俺も嫌い。ジェイトよく触れるね」
「よくも何も、もうこれただの炭だろ……」

ぽい、と蜘蛛の残骸を放り、ジェイトは少し考えた末に、ティセリーの薄い肩に手をかけた。

「わー、ジェイトってば真っ昼間からだいたーん」
「違ぇよアホ! 運ばないと仕様がねぇだろ! いいから、お前もう荷物持って先に行ってろよ」
「はいはい、後は若い二人に任せましょ、ってことでー」

ジェイトが噛み付くより早く、長い髪を翻して坂を登り始めるウィラ。その後ろ姿を渋い顔で見送り、改めてジェイトはティセリーを背負い上げる。
結構重い。なんて口が裂けても言えないので、ジェイトは努めてなんでもないように、山道を進み出すのだった。