第13話

 

屋敷のすぐ前で馬車に轢かれかけたり、荷物をたくさん抱えた女性とぶつかりかけたりしながら、脇目も振らずに走っていくティセリーに追いついたのは、広場にほど近い通りの角だった。

「待てってば」
「きゃあっ!」

腕を掴まれて驚いた彼女が、例によって放電する。ばちばちっという激しい音と熱さに、ジェイトは慌てて右腕を引っ込めた。指先に嫌な倦怠感が残る。
同時に、くらりと倒れかけるティセリー。さすがにそこまで仰天したわけではなかったためか、電撃の威力は軽く、意識も保っていられるらしい。

「探し人、レイオードっつうんだな」

壁に体を預けて息を荒げる彼女に、なるべくゆっくりとジェイトは語りかける。

「確かにあんまり聞かない名前だけど、シュオの言ってた奴がそいつだって決まったわけじゃねぇし、……あと、これはおれにはわかんねぇんだけど、お前が探してるレイオードは、金稼ぐために人攫ったりする奴なのか?」

緩慢に、ティセリーは頭を振った。

「そんな人じゃ、ないです」
「そっか。じゃあ、たぶん別人なんだろ」
「わかりません。たまに乱暴なこともあって……」
「……ふぅん」

どうやら彼女が探すレイオードも、あまり品行方正とは言えない人物であるらしい。ますます、目の前の少女とその人物との繋がりがわからなくなった。

「とりあえず、一旦シュオのところに戻るか。偽物の方とは一応、ヴェイが解決したら会わせてもらえばいいよ。極北のごたごたがどうにかなるより、たぶんそっちの方が早いぜ」
「…………」

黙ったまま、それでもわずかに首肯するティセリー。こちらの言い分が的を得ているとわかってくれたようだ。一安心してジェイトは、ふらふらの彼女に右手を差し出す。
その内側は、おびただしい数の真っ赤な裂傷の痕に覆われていた。

「あ……!」

即座に腕を引っ込めるも、すでに遅く、彼女は呆然としたまま瞳を凍りつかせていた。
先ほどの電撃で、グローブが焦げ切れたらしい。しかし傷跡は火傷などではなく、明らかに鋭利な刃物によるものだと、誰が見てもわかる。
何度も執拗に切り裂かれた印。ジェイト自身忌避しているそれが、彼女の目にどう映ったか、など聞くまでもない。

「……それ、まさか、自分で」
「ティセリー、これは……」
「嫌……っ!」

こちらの言い分に耳も貸してはもらえず、彼女は顔中に恐怖を浮かべたまま、壁伝いにこちらから距離を取る。追いすがるわけにもいかず立ち尽くすジェイトの前で、その長い髪がやがて角を曲がって消えた。

「ティセリー……?」

ようやく一歩、重い足を踏み出したジェイトが曲がり角を覗くと、降り注ぐ日光が誰かの陰で遮られる。少女のものではない、大柄な体躯。青い装束に、蓮の腕輪がぎらりと光る。

「ジェイト? お前、こんなところで何してんだ」
「ヴェイ……」

ヴェイジュ・レイフォン。おそらく、誘拐事件の捜査中なのだろう。領主の片割れにして剣の師でもある彼の姿に、ジェイトの肩から力が抜けた。
ぼろぼろのグローブに目を留めたヴェイは、腰に吊った大きな湾曲刀の飾り布を外して、ジェイトの右手をぐるぐる巻きにする。

「腕、見られたのか。今の子、知り合いか?」
「……大丈夫。それよりヴェイ、さっきの子、追ってくれないか。じゃないと、誘拐の……」
「……なんでお前がそれを知ってる」

眉を吊り上げるヴェイ。うっかり口にしてしまうには危険すぎる単語だった。今の彼は、危なっかしさでいえばティセリーと同じくらいであるらしいのだから。

「お前、さては、何かシュオから聞いてんな?」
「いや、何も……」

白々しいとわかっていながら、ジェイトは目を伏せて彼の追求から逃れようとする。すぐ上から、首筋に厳しい視線が注がれる。やがて、沈黙を貫くジェイトに、ヴェイがため息をついた。

「ヴェイさん、夜警の手配済ませておきました」
「おう、サンキュ。ついでにもう一つ頼まれてくんねぇかな。こいつを」

ぐい、とジェイトは突然、日差しのきつい通りに引き出される。

「牢に入れてきてくれ」
「は? おい、ヴェイ、ちょっと」
「うるせぇ騒ぐな。悪いが、今お前に手間取ってる時間はねぇ。あとで吐かせてやるから覚悟しとけよ」

どこか投げやりな口調の彼は、こちらの抗議も黙殺し、右腕を巻いた布でジェイトの左腕も後ろ手に固定してしまう。ついで、ベルトに差していた剣まで取り上げられてしまった。

「ああ、ちゃんと手入れしてんだな。ほら、ルイーズ」

ざっと眺めた刀身を鞘に戻すと、ヴェイはそれを向かいに立つそばかすの青年に投げ渡す。

「わっ、ですが、牢には今……」
「まあ、大丈夫だろ」

交わされる、どこか不穏なやりとり。その真意を問いただす暇もなく、今度はジェイトが手の自由を奪われたまま、ルイーズに引き渡される。恨めしい思いでヴェイを睨みつけると、彼は居心地悪そうに背を向けてしまった。
その時に気づく。ヴェイの青い方の目までが、赤く腫れ上がっていることに。

結局何も言えないまま、ジェイトは大人しく連行される他ないのだった。