第20話

 

「ディー博士、また時間のあるときに6号を整備してやってください。誰彼構わず引っ張ってこられたのでは困ります」

そう言い残し、案内を買って出てくれた受付の女性は扉を閉めて去っていった。ヒールが床を打つ音が、だんだん小さくなっていく。
目当ての人物、学芸員アリ・ディーの研究室は、荘厳で広々とした他の空間に比べて随分とせせこましく、ジェイトとティセリーが並んで立つだけで、空いたスペースが埋まってしまった。

「ああ、すみません、お待たせしました」

顔を出した部屋の主人は、コーヒー色のぼさぼさ頭に眠そうな赤茶の瞳、纏った白衣にはあちこち染みができている。砂漠の民族特有の褐色肌以外は、取り立ててぱっとしたところがない。彼自身と散らかった部屋とを見比べて、失礼だがジェイトは納得してしまった。

「えーと、ご用件はなんでしょう? 展示の解説とかでしょうか?」
「いや、すみません、そうじゃなくて。……おれ達、極北の様子について聞きたいんですけど。前は極北に居たって、知り合いから聞いて」
「そうですが……、極北ね、またどうして?」
「こっちの、ティセリーが」
「あ、はい、あの」

水を向けられた彼女は、一度考えるように目を伏せた。

「……極北へ行きたい理由があって、けれど、反政府組織という人たちが危険だからと止められてしまったんです。それは、どういう人たちなんですか?」

ゆっくりと紡がれた言葉には、いくつかの情報が抜け落ちている。前回の騒ぎから、レイオードの名前を不用意に出すのは控えるべきだと学んだらしい。何もかもを打ち明けてしまえるほどには、初対面のアリを信用してはいないのだろう。
気づいたかどうかは定かではないが、そんな彼女にアリは、目元をほんのりと緩めてみせた。

「反政府組織ですか、確かに、そんな噂は耳にしましたねぇ」
「ほんとですか?」
「はい。ただ、お恥ずかしながら本当にその程度の情報しか持っていないんですよ。最近物騒だなぁとは思っていたのですけれど」
「そうですか……」

現地に居ればわかるほどの表立った組織ではないということだろう。ジェイトはそう捉えたが、ティセリーは肩を落とした。

「……どうやら、あまりお役には立てなかったようですね」
「あ、いえ、そんな。すみません、ありがとうございました」

ぴょこんと彼女が頭を下げると、アリは愛嬌のある笑顔を浮かべ、ぽん、と手のひらを拳で叩いた。

「せっかくだ、お急ぎでないなら、展示を見ていかれると良いですよ。チケットは要りません。極西に来て博物館を見ずに帰るなんて、南西へ行って魚を食わないようなもんです」

にこにこと提案してくる彼から、ティセリーはこちらへ視線を向ける。用事だけ済ませて帰るのも味気ないし、何より彼女の目が如実に「見たい」と言っていたので、ジェイトは苦笑気味に頷き返した。

外へ出るためか、何故か白衣の上からもう一枚白衣を着重ねるアリ。

「案内しましょう。すぐそこのところは私の専門分野でして、大戦と、その時代を通して発展した技術についての展示になってます」

嬉々として彼は二人を促す。厚意もあるだろうが、一番は自分の専門分野を誰かに紹介したいだけかもしれない。そういえば、ここにたどり着くまでも、見学者らしい人物とは一度もすれ違わなかった。

研究室を出た対面の扉をくぐると、光量を抑えた展示室にはガラスケースの列が並んでいた。

「お二人は、17、8ってところですかね」
「え、ああ、はい」

飾られた豪華な羽ペンから、ジェイトは得意げなアリへと視線を戻す。

「そいつは和平条約の締結に使われたペンです。テーマが物騒ですからね、最初に持ってこようという話になって。……どうでしょう、覚えてますかね、当時のこと」
「おれは、家がネリドなんで、まあ」
「ああ、『平和の街』ですか。それは羨ましい。あそこには旧イェルア軍の資料を集めた図書館がありますよね。領主さんに何度か掛け合ったんですが、譲ってくれませんねぇ」
「……それと、父親を亡くしているので」

あまり触れられたくない、と言外に伝えたつもりだったが、アリはその意図を汲み取ってくれたようだった。

「そうですか、私も、親友を失いました。少々不躾でしたね、すみません」

軽く頭を下げてから、彼はゆっくりと次のガラスケースまで進んだ。飾られているのは色あせかけた世界地図。三つの大陸が、それぞれ別の色に塗り分けられている。

「俗に三大陸戦争とも呼ばれるいがみ合いが始まったのは、もう100年ほど前だと言われています。きっかけはティンランとディロウによる植民地争いで、その間に、植民支配を受けていたイェルア諸国が連合国として独立し、その結果三つ巴の争いになったわけですね」

そのくらいは、ジェイトが通っていた頃から標準学校の教科書に載っていた。が、やはり知らなかったらしいティセリーは、真剣な面持ちで聞き入っている。
塗り分けられた地図の赤い部分はディロウ、青はティンラン、黄色はイェルアの各勢力。砂漠地帯や今の北西地方の一部のほか、極北の宗教都市フロスドロップ、商人ギルド本部グラヴァルド、彩式学校を擁するハルミア等の自治都市は、ぽっかりと白く抜かれている。この白い部分以外は、現在では同じ政府の統治下にある。

簡単に概略を説明し、納得顔の少女に表情をほころばせつつ、アリはまた足を進めた。

「戦争が正しいものだとは言いません。しかし、それが人間の技術を飛躍的に進歩させるきっかけとなるのは確かです。大陸間鉄道なんかは最たるものですね。この先からは、当時のディロウ軍技術局が開発した品々を展示してあります」

ガラスケースの中身は、一見しただけではなんだかわからない物体が多い。それらにアリはひとつひとつ解説を加え、鋼より硬いのに軽い合金だの、人が空を飛ぶために必要な計算式だのと教えてくれた。

「ジェイト、あれ」
「ん?」

そろそろ展示も終盤に差し掛かったところで、ティセリーが腕を引いてこちらの注意を促した。彼女が指差す先のケースには、先ほどの6号と呼ばれていた何かとよく似た、しかしやや洗練さを欠いたフォルムのものが飾られている。

「ああ、それは助手人形と言いまして!」

途端、生き生きと技術を語っていたアリが、さらに双眸を明るくさせた。

「これこそ、あの対戦で生み出されたうち、最も素晴らしいものですよ。私はこれの研究に取り分け力を注いでいまして。今、ヴァーディンの街中をパトロールしている6号は、私がこの資料をもとに復元したものです」
「復元? あの、あれは生きてるんですか?」
「生きているようでしょう? けど違うんですねぇ。こいつらは、彩式の力を利用した動く人形なんです。だから、人間みたいな感情はありません」

確かに、自分やティセリーに対する6号の物言いは無機質で、意思と呼べそうなものが感じ取れなかった。一定の音階から決して外れない声を思い出し、一人で納得するジェイト。

「戦時中、かの戦犯、技術局長アリファス・ミディアの配下に、人形師と呼ばれた研究者がいました」

動かない人形を見つめ、アリは語り始めた。

「彼の名はキース・フェルナート。唯一、助手人形に心を持たせることができた人物です。プログラムされた通りに感情を示すものはありましたが、自らの頭で考え、感じ、表現するのは、彼の手がけた作品だけでした。……それを戦争に使おうってんだから、ミディア博士って人はほんと、どうしようもない悪人ですねぇ」

あははは、と乾いた笑い声が展示室に響いた。同調していい話題とも思えず、ジェイトとティセリーは困惑した顔を見合わせる。

「はは……。あ、そうだ。いいものお見せしましょうか、私の宝物なんですが」

と、どこか空々しい笑顔を引っ込め、アリは内側に着た白衣のポケットから鍵の束を引っ張り出した。二人を手招いた先には、関係者以外立ち入り禁止と書かれた白い扉。無造作にその鍵を開け、彼はこちらを中へと誘う。

「いや、立ち入り禁止って……」
「大丈夫、私の個人的な倉庫ですから。さ、入って入って」

強引に通されたそこは、倉庫というよりむしろ工房と呼ぶのがふさわしい空間だった。わぁ、と後ろのティセリーが息を飲む。
壁にはあの6号と同じ人形がいくつか立っており、やはり同じものの上半身だけが、中央に据えられた台の上に寝かされている。研究室よりよほど整然とした内部には、コーヒーミルやサイフォンも置かれていて、普段アリがどちらのスペースで生活しているのかがはっきりと知れた。

「ここで助手人形を作るんですけどね、まあ研究しているとはいえ素人ですから、失敗ばかりで。ちゃんと動くようになったのは6号が初めてです」
「こっちのは動かないんですか?」
「はい。奥にはもっとありますよ。……っと」

ばたばたと騒々しい足音がして、アリはティセリーから部屋の外へ視線を移した。開けっ放しだった扉の向こうに、受付をしていた男性が慌てた顔を覗かせる。

「博士、6号が!」
「ああ、今度は何を連れて来ましたか?」
「猫ですよ、野良猫も飼い猫もたっくさん! いい加減どうにかしてください!」
「それは微笑ましい。そうか、保護者とはぐれた者の定義には、散歩中の猫も含まれるのだね……。君は嫌いですか、猫」
「嫌いじゃないですが、たった今うっかり踏んづけて引っ掻かれました」
「はいはい。……すみませんね、慌ただしくて。悪いんですが、しばらくここをお願いできますか?」

最後の台詞はジェイトたちに向けて。宝物と表現した割には、管理はいい加減だと言わざるを得ない。