第23話

 

ひと通り、リュシアンが満足するまで次々と浴びせられる質問に答えたものの、結局彼女から返ってきた言葉は辛辣だった。

「……やっぱり、後で辞書でも読むことにするわ。王国出版の百科事典はこの7年間で改訂版が出た?」
「知らねぇよ……」
「駄目ねぇ。物知らずな男はモテないわよ?」
「……何を根拠に」
「3039年に実施されたディロウ女性千人に対するアンケートの結果、結婚したくない男のタイプに十一位で上がってるわ」
「はぁ……」

先ほどからずっとこの調子である。
どうやら、彼女が人外の作られた存在であることは事実らしく、そして性能も6号などに比べて段違いに高いらしい。さすが、最高傑作と自称するだけのことはある。
いや、ジェイトにはそもそも基準がよくわからないのだが。

「あーん、もう、面倒だわぁ。早く最新版のデータにアップデートしなきゃ」
「まさか、辞書丸暗記する気か……?」
「そのくらい訳ないわよー? 他にも、いろんな専門書とか統計データとか、たくさんメモリーがあるんだから」

要は、ジェイトが自分の頭と比較しようとすること自体が間違っているということだ。嬉々としてスペックを自慢する彼女から、もう一つため息をついて隣のティセリーに目を向ける。

3人は、取りそびれた昼食と今後の相談を兼ねて、ホテル運営のレストランに入っていた。機械仕掛けであっても栄養は必要らしく、リュシアンの前には空になったミートグラタンの皿が置かれている。
同じものを完食し、今はアップルジュースに口をつけていたティセリーがジェイトの視線に気づいて首を傾げてみせた。率先して博物館を出たのがリュシアン本人とはいえ、その彼女自身が人形という物品であると鑑みた上で形だけ見れば、これは明らかに窃盗である。そんな状況を果たしてわかっているのかいないのか。……いないんだろうな。

「で、リュシアンは博物館に戻るのか? さっきの人にはやけに嫌われてたみたいだけど、あそこにはあんたを宝物にしてる人がいたよ」
「へぇ、動かない美女をガラスケースに飾っておくのが趣味の人ね。そんな持ち主はお断りよ」
「……じゃあ、どうするんだ」
「そうねぇ、あなたたちと一緒に行こうかな。それとも、恋人同士の旅行にはお邪魔かしらぁ?」
「そんなんじゃねぇから……」

脱力するジェイト。

「恋人同士だとどうして邪魔なんですか?」

無邪気なティセリー。

「二人だけでしたいことが色々あるからよ。……うふふ、この様子じゃ、両手に花の旅でも良さそうね、ジェイト?」
「もう、勝手にしろよ……」

上品な笑顔の前には、おとなしく白旗を振るしかなかった。自信家発言への突っ込みはとっくに諦めている。

「それで、恋人同士でもない二人は、一体何のために、どこへ向かうのかしら?」

挑発じみた問いかけに対し、ティセリーは口を開く前にジェイトを見上げてくる。道連れになるのであれば黙っているのも都合が悪いだろうから、戸惑い顔の彼女に軽く頷き返す。
そうした訳で、リュシアンへ話したこれまでの経緯は、彼女の持ち主が得た情報より詳しい説明になった。

「それで……、やっぱりわたしは、極北へ行ってみたいです」

とん、とグラスを置き、静かにティセリーは自らの意思を告げる。何となくそう言い出す気はしていた。

「レイオードが何をしようとしてるのか、自分の目でちゃんと確かめたい。ちゃんと会って、話して、それから……」

その先に言葉は続かなかった。不意に口ごもった彼女は、見つめるジェイトの視線から顔を逸らす。
考えてみれば、ここまでして探し当てたレイオードに、彼女は何を伝えようというのだろう。もちろん、何もかもを教えろ、という訳ではないが、隠し事を残している程度には、まだ信頼されていないということだ。それが残念だと思わなかったといえば、嘘になる。

「そう。じゃ、そのいけ好かない領主様のプランに則って、まずはグラヴァルドを目指しましょうか。どっちも、身分証明書は持ってるのよね?」
「ああ、それ廃止になったんだ。今はもう、ディロウもイェルアもティンランもごった煮みたいなもんだからさ。簡単な審査だけで、自治区にも入れるはずだって」
「あらそう、便利ねぇ」

納得顔で頷いていたリュシアンは、不意に表情を明るくさせて、すっと白い手のひらをテーブルの上へ乗せた。

「何だよ」
「お財布、預かっといてあげる。結構な量の旅費貰ったんでしょ? あたしに任せておきなさいって。何たって、優秀な資産管理システムを搭載してるんだからぁ。使うとこには惜しみなく、絞れるとこはきっちり絞るのがミソよね」
「……、まあ、そこまで言うなら」

例によって自身たっぷりな彼女の笑みに、ジェイトはシュオから貰った財布を取り出した。まだ必要最小限の消費しかしていないため、中身はほとんど減っていない。使いすぎは常に戒めているためそれほど心配はないが、逆に、控えめなティセリーに無駄な不便を強いていないか、そちらの方が気がかりだった。
メリハリをつけて使ってくれるならその方が旅も楽しいし、シュオの意向にも沿うだろう。そう見込んで、重い黒革の財布をリュシアンの手に託す。

そう遠くないうちに、ジェイトはこの決断を心の底から後悔することになる。