第32話

 

ムードゥンへ続く道だと言ってカリファが示した洞窟からは、明かりが漏れていた。ゆらゆらと黒い影が雪原に踊る。

引き止めるリュシアンの声に逆らってジェイトが中に踏み込むと、燃える焚き火の側にティセリーが寝かされていた。
そして、その頬に触れる男。ティセリーの側に膝をついていた彼は、こちらの気配に気付いてか、ゆっくりと立ち上がる。
振り返ったその青い瞳の、あまりの鋭さにジェイトは掛ける言葉を失った。

「……貴様か」

身体的な特徴は、昼間ティセリーから聞いたレイオードと一致する。しかし、なぜ初対面の彼から射殺されそうな視線を向けられているのか。

「貴様がこいつをこんなところまで連れてきたのかと聞いている」
「え、ああ……。って、うわっ!」

正直に答えたジェイトに対し、レイオードはいきなり抜き放った刃を振り抜いた。なんとかかわしたが、斬撃に髪が数本ばかり宙を舞う。
容赦なく切りかかってくるレイオード。丸腰で相手ができる腕ではなかった。ジェイトが慌てて構えた剣が彼の一撃を防ぎ、ぎぃんと耳障りな音を立てる。

「何が目当てだ、言え」
「目当てって、おれは何も……」
「嘘をつけ。貴様らが何の見返りもなしに動くものか」

淡々と言葉を紡ぎながらも、レイオードの攻撃は止まない。ぎりぎりでそれを捌くジェイトの視界にちらりと、追いかけてきたリュシアンが援護に入れずにいるのが見えた。レイオードの攻撃が激しく、ジェイトが距離を取れずにいるためだ。

このままでは押し負ける。ジェイトの額を冷や汗が伝ったその時、叫び声が洞窟に響いた。

「やめて、レイオード!」

カリファに支えられたティセリーだった。ぴたりと動きを止めたレイオードは、厳しい目を彼女へ向ける。

「ティセリー、お前は黙っていろ」
「そんな訳にはいかないよ。ジェイトたちが助けてくれたから私はここまで来れたの。なのに切りかかるなんて」
「お前は騙されているんだ」
「騙されてない! ジェイトもリュシアンさんもカリファさんも、みんないい人だよ。外にもいい人はいっぱいいるよ」

両手を握りしめて力説するティセリーに、苦虫を噛み潰したような顔のレイオードがようやく剣を納めた。しかし、ジェイトに向ける視線は依然として刺々しい。

「こんなところまでティセリーを連れ回して、何のつもりだ」
「ティセリーはあんたを探して旅をしてたんだぜ? もうちょっと言い方があるんじゃないのか」
「貴様らがお節介を焼かなければ、こいつはここまで来られなかった。余計な真似をしてくれたものだ」
「レイオード、わたし……!」

言い募ろうとするティセリーを制し、レイオードは身を翻す。頑丈そうなブーツの先は洞窟の奥に向かっている。

「ムードゥンに向かうつもりか」

静かに問いかけるカリファに、彼はちらりと視線をよこした。

「政府に立ち向かうには頭数が要ると言われている。……貴様が大人しく従わないせいだぞ」
「あいにく、興味が湧かなくてな」
「……ふん」
「お願い、レイオード。話を聞いて」

立ち上がろうとしたティセリーが、顔をしかめて体勢を崩した。それに一瞬目を見開いたレイオードだったが、すぐに表情を戻し、冷徹に告げる。

「俺は帰らない。お前は帰れ。女王にもそう伝えてくれ」

そう言い残すと、彼は今度こそ洞窟の奥へ去っていった。振り返ることもなく消えた背中を、悲痛な顔で見送るティセリー。

リュシアンが彼女の隣に膝をつく。

「今は追いかけるのは無理よ。あなた、足を痛めてるでしょう? 一旦戻って、話を整理するのが得策だわ」
「……はい」

返事はしたものの、視線を洞窟の奥に奪われたままのティセリーを、突然カリファが軽々と抱え上げた。

「きゃ……」
「歩けまい、運んでやろう。戻れば薬がある」
「あら、あなた医学の知識があるの?」
「薬草には多少詳しいからな」

賑やかに話しながら、洞窟の外へ踏み出す二人。カリファの腕にすっぽりと収まったティセリーは、名残惜しそうに背後の暗闇を見つめていたが、やがて諦めたように目を伏せた。

「ジェイト、行くわよ」

最後まで洞窟に残っていたジェイトにリュシアンの声がかかる。意識はそちらへ向けながら、ジェイトの脳裏にはクォーツの言葉が蘇っていた。

あの腕前なら、レイオードが簡単にやられるとも思わないが、そう言い切れる自信が無くなるくらいには、森の中で出会ったクォーツの瞳は危険な光を放っていた。

「……今行く」