第33話

 

「これで良し」
「……ありがとうございます。すみませんでした」

包帯を巻き終えたカリファに、どこか上の空なティセリーが頭を下げる。

「謝るようなことではない。無事でよかった。安心したぞ」
「そうよ。この山、魔物も結構多かったわ。偉そうな男だったけど、あなたのことは大切にしているみたいね」

カリファもリュシアンもにこやかに返すが、ティセリーは不安そうな顔を崩さなかった。上目遣いの視線が立ったままのジェイトを捉えて、迷ったように伏せられる。

客人を背負って帰ってきた主人を見て、ケイケイはてきぱきと薬の準備をしてくれた。自分で言っていたようにカリファは薬草の知識が豊富らしく、リビングの隣の部屋にはお手製の薬が詰まった棚が壁一面に並んでいた。

治療が済んでも、ティセリーの顔は晴れない。先程のレイオードとの邂逅を思えば無理もない。ジェイトを含め誰も何も言わないまま、ケイケイがお茶を注ぐ音だけが耳に届く。

「ティセリー」

しんと静まった空気を破ったのはリュシアンだった。

「言いたいことがあるんじゃない?」
「……はい。あの」

ためらいがちに口を開くティセリー。

「ジェイト」
「なんだ?」
「あの、黙っていてごめんなさい。わたしが」

続く言葉は、ほとんど消え入りそうに小さかった。

「わたしが、フォン・ニービスだってこと……」

ジェイトは一つため息をついて、空いていたリュシアンの隣に腰を下ろすと、彼女に尋ねた。

「リュシアン、フォン・ニービスってなんだ?」
「やっぱり、そんなことだろうと思ったわ」
「え……?」

苦笑するリュシアン。ティセリーは瞳を丸くして、そんな彼女とジェイトを交互に見る。

「レイオードが女王様に伝えてって言ってたでしょ? ばれちゃったから、わたし、嫌われちゃうんじゃないかって思って……」
「あいにく何も気づかなかったし、そもそも知らないものに好きも嫌いもねぇよ」
「ジェイト、ネリド出身だものね。むしろ知ってたら驚いたわよ」
「話が見えないのだが」

首を捻るカリファに頷いて、リュシアンが口を開いた。

「フォン・ニービスっていうのは、北西地方の高原に暮らす遊牧民の名前よ。女王を中心とした一族で、羊を飼って移動するから定住はしないの。そうよね?」
「はい」
「その生活様式がディロウの文化とは異なっているからという理由で、昔から差別を受けてきた一族でもあるわ。ティセリーが嫌われちゃうって過敏になってたのはそのせい」
「文化が違うっていうのは、例えば文字が違ったりするのか?」
「……ニービスは文字を使わないの」

おずおずと答えるティセリーに、ジェイトはこれまでの旅路を思い返して納得する。彼女の世間知らずは、そもそもが違う文化で育ってきたためだったのだろう。

「昔のディロウの偉い人とか、今の北西の領主様は、わたしたちがわたしたちの生活を続けるのを良く思っていないんだって。レイオードは、あんな性格だから、北西の領主様とすごく仲が悪くって、領主様の息子さんを殴ったことがあるの」
「……やりそうだな、あいつ」
「それで領主様が、そんな野蛮な人間になったのは野蛮な生活をしているせいだって言って、試しにニービスの中から一人、領主様の館で暮らすように言ってきて……」
「ディロウの百科事典には、フォン・ニービスを劣った民族として、ディロウ国民が優れた自国の文化に馴染めるよう導かなければならないとあったわ。そういうところ、変わっていないのね」

ティセリーのたどたどしい説明に、ため息混じりのリュシアンが補足する。
ゆっくりと、群青色の大きな瞳を閉じるティセリー。

「……それがわたし」
「領主のところに行ったのがか?」

ジェイトは眉をひそめ、カリファは皮肉げに唇の端を吊り上げた。

「押し付けがましいだけではなく、それを根拠に人質まで取るとは。先進的な暮らしはどうだった?」
「……あまり、好きではありませんでした。それでわたし、外の人たちはみんなこんな風に意地悪なのかって、思ったんです」

視線を落とす彼女を見れば、北西領主の館で肩身の狭い思いをしたのだろうと想像がつく。それに、先程のリュシアンの説明通りなら、不当な扱いを受けることもあったのだろう。

思い悩むようなため息を一つついた後、ティセリーは再び口を開いた。