第34話

 

ティセリーは、生まれつきの厄介な体質のせいで、フォン・ニービスの中でも浮いた立場にあった。

驚くたびに電撃を発して気絶していたのでは、羊の世話もできない。それではいつまでも一人前になれない。結局いつも、同じ年頃の少年少女が働いているのを遠巻きに眺めていることしかできなかった。

気にするなと言ってくれる人ばかりだったが、ティセリーは自分自身をずっと引け目に感じていた。だから、北西領主からニービスの者を一人差し出すようにと言われた時、自らその役目を引き受けた。

叔母でもあるフォン・ニービスの女王は、良い顔はしなかった。それは、息子のレイオードが起こした不始末をティセリーに負わせることに抵抗を感じたのかもしれないし、ティセリーの体質がさらに北西領主の不興を買う可能性を考慮したのかもしれない。実際、領主は苦い顔で自分を迎えたのだった。

「ティセリー、聞いていらっしゃる?」
「……あ、すみません」
「すみませんではなくて、申し訳ございません、でしょう?」
「そうよ。女王の姪だかなんだか知らないけど、野蛮な遊牧民の分際でわたくし達と対等に話せるなんて思わないことね」

冷笑が続く。申し訳ございません、と小さく呟いて、ティセリーは手元の布地に視線を落とした。

自分を文化的なレディに教育するためと、領主が連れてきたローエン夫人は、パンジーの刺繍をするように言ってこの布と針を渡してきた。しかし、ティセリーにはそもそもパンジーがわからない。途方に暮れているうちに、貴族のお嬢様達とのお茶会に出なければいけない時間になった。彼女達に尋ねることも考えたが、この調子では聞いても嘲笑されるだけだろう。

「ねえねえ、セシルが騎士団のミヒャエル様に恋してるってご存知?」
「ミヒャエル様が相手にするはずないわ。セシルは家柄も低いし、あの顔じゃ釣り合わなくってよ」
「おっしゃる通りですわね!」

令嬢達は、同じ貴族の少女を槍玉にあげて笑う。昨日はそのセシルという少女も混ざって、別の人物の悪口を言っていた。それが社交術だとローエン夫人は言ったが、ティセリーはどうも好きになれなかった。

いずれ自分も彼女達と同じようになるのだろうか。そう思うと自然と気分も落ち込み、ティセリーはその夜も憂鬱に窓越しの中庭を眺めていた。

窓枠に、こつんと何かの当たる音。
暗い中庭を見下ろすと、懐かしい顔がこちらを見上げている。

「レイオード!」

ティセリーが慌てて窓を開けると、彼はいつもと同じ冷静な顔でこちらへ言う。

「ティセリー、そこから飛び降りろ」
「え、でもここ、2階……」
「受け止めてやる」

両手を広げる彼。迷っているうちに、ティセリーは部屋の外が何やら騒がしいことに気づいた。恐らく、レイオードを探しているのだろう。

「早くしろ、迎えに来たんだ」

レイオードのこの行動は、きっと女王も知らない。
勝手に飛び出してはニービス達に迷惑がかかる。
心に浮かんだ理性の声を、迷いのないブルーの瞳が打ち払う。

窓から身を踊らせると、宣言通りレイオードがしっかりと受け止めてくれた。

ひらひらと翻るドレスのまま、彼に手を引かれて屋敷を抜け出し、白馬の背に乗せられると、翌朝には夜明けのプライシェリー高原を駆けていた。

「……すまなかったな」

背後のレイオードが、手綱を操りながら言う。

「あの馬鹿を殴ったことを後悔するつもりはないが、結果としてお前をこんな目に遭わせてしまった。すまない」
「……レイオード」

目を合わさずに謝罪を繰り返す彼に、ティセリーはそっともたれかかることで応えた。

しばらく無言のまま馬を走らせていたレイオードだったが、やがて厳しい顔をして手綱を引く。足を止めた馬の頭越しに前を見ると、草原の真ん中に人が立っていた。壮年の男性で、細い体躯に不釣り合いな大振りのナイフを両手に携えている。

追手か、と舌打ちするレイオード。

「やれやれ、若いカップルの逃避行を邪魔するなんて野暮な仕事はしたくないんだが、上の命令なんでね。そのお嬢ちゃんと一緒に、大人しく戻ってもらおうか」
「断る」
「俺が五竜騎士団の青、バーソロミュー・ドライベルだって言っても……、その様子じゃ説得は無理そうだな」

五竜騎士団、とレイオードが呟く。

「ティセリー、手綱をしっかり握っていろ」

そう言い残すと、ティセリー1人を馬の背に残し、ひらりと飛び降りる彼。

「レイオード、何を……」
「お前は行け。道はゼストが知っている」
「そんな」

慌てて降りようとしたが間に合わず、レイオードの合図で白馬は弾かれたように走り出した。振り返った視界に、剣を抜く彼の背中が映ったが、それ以上は疾走するゼストの背にしがみつくのが精一杯だった。

ティセリーはそのまま追手に見つかることもなく、フォン・ニービス達の天幕へたどり着いた。しかし、レイオードの姿を見たのはそれが最後で、彼の安否さえ不明なままだった。