第35話

 

いつのまにか、カップのお茶が冷えていた。ケイケイが気づいて全員の茶器を回収し、キッチンへ下がる。引き戸が閉まる音と同時に、ティセリーが重いため息をつく。

「レイオードは、ニービスの次期族長でもあるんです。それが、わたしのせいで行方不明になって、叔母様は大丈夫っておっしゃったけど、わたしが探さなきゃって思って、それで……」
「ティセリーは、レイオードに次期族長として、故郷に戻ってきて欲しいのだな」

カリファがまとめた言葉に、彼女は頷く。よく見れば、群青色の瞳には涙が滲んでいた。

「けれど、さっきの様子を見るに、彼に今すぐ帰る気は無さそうよね……」
「あの、カリファさん。レイオードが向かった先に行くにはどうしたらいいですか?」

決然と顔を上げたティセリーに、カリファは大きな袖の中で腕を組む。

「どうもこうも、後を追えばいい。ただ、追ってどうする?」
「……もう一度説得します」
「気持ちはわかるけど、無駄足になる可能性が高いわ。あなただってそれはわかっているんでしょう?」
「でも!」

リュシアンの冷静な指摘に反論しようとして、結局ティセリーの口から続く言葉は無かった。あれだけきっぱりと拒絶されて、レイオードがすぐに意志を翻す人間だとは、ジェイトにも思えなかった。

「……ひとつ、いいか?」

ジェイトが片手を挙げると、三対の瞳が同時にこちらを向く。

「話を聞いてて思ったんだけどさ、結局ティセリーも、あいつがどうして反政府組織なんかやってんのかってことは知らねぇんだろ?」
「はい……」
「だったら、先にそっちの情報を集めてみるってのはどうだ? 理由がわかれば、説得の方法もあるかもしれないだろ?」

ジェイトが話すうちに、暗かったティセリーの表情が明るさを取り戻していった。

「それもそうだけど、何か心当たりがあるのかしら?」

依然として難しい顔のリュシアンとカリファに頷いて、ジェイトはティセリーに向かって言った。

「そろそろ、ウィラが極北から帰ってくる頃だと思うんだ」
「あ!」
「誰のことだ?」
「おれの友達。諸事情あって極北に行ってたんだけど、それが戻ってきてるんじゃねぇかってさ。あいつから反政府組織の情報をもらえれば、その中にレイオードを説得する材料があるかもしれない」
「ジェイトの友達ってことは、……南西へ戻るという事?」

リュシアンが言い出しにくそうなのは、これまでの工程が無駄足になるのを考慮してのことだろう。しかし、ジェイトはそれに首を振ってみせた。

「いや、南東。あいつ彩式士だから、ある程度動いたら彩式学校に報告に行かなきゃならないんだってさ。ハルミアなら、このまま南下すれば着くだろ?」
「そうね……、それなら最初の予定通りリュウセンで必要なものを買って、後は歩くだけね」

表情を和らげた彼女も頷いた。ティセリーが溢れんばかりの笑顔を浮かべる。

「ありがとう、ジェイト」
「まだ早いって。ウィラが何か知ってるとも限らねぇし」
「それでも、ありがとう」

真っ直ぐな感謝の言葉に、照れ臭くなったジェイトはそっぽを向いた。リュシアンとカリファが笑う。

さて、とカリファが、何の断りもなく再びティセリーを抱き上げた。

「そうと決まれば、もう休むといい。怪我人は特にな」
「カ、カリファさん、歩けます……」
「気にするな、寝台まで運んでやろう」

戸惑うティセリーを意に介さず、にこやかな笑みを浮かべたカリファは長い髪を翻してリビングから消える。
ちょんちょん、とリュシアンがジェイトの肩をつつく。

「……ジェイト、あれどう思う?」
「どうもこうも、怪我人の介助だろ。……たぶん」

閉じられた引き戸を前に、彼女と顔を見合わせていると、前掛けで手を拭きながらケイケイが顔を出した。

「あの……、差し出がましいかもしれませんが、ティセリーさんは承知の上で御前と一緒に行かれたのでしょうか……?」
「承知の上って、どういう事だ?」

あの、と言いにくそうに続けるケイケイ。

「御前はもちろん悪い方では無いのですが、その、ちょっと女性好きなところがあると言いますか、……山を訪れた女性の方と、朝までご一緒なさることも多くて……」

その言葉が終わる前に、ジェイトとリュシアンは立ち上がっていた。すぐさま廊下に出て、見当をつけた扉を勢いよく開く。

「あの、カリファさん、着替えは自分でできます……」
「足の怪我に響くかもしれんだろう。いいから、ほら」
「あんた何やってんのよ!」

叫ぶと同時に、尻尾のような青い髪を思いきり引っ張るリュシアン。カリファが変な悲鳴を上げる隙に、ジェイトがその脇をすり抜けてティセリーの前に立ちはだかる。幸い、まだ無事だったようだ。

「乱暴な……。抜けたらどうしてくれる」
「ざまあみろだわ、このけだもの! ティセリー、変なことされてないわね?」
「……ジェイト」
「おれも、これはあんたが悪いと思うぞ」

なぜか同意を求めるような目を向けられ、ジェイトは冷めた視線を彼に返した。
一方、当事者たるティセリーは、理解していない顔で首を傾げている。

「二人とも、どうしてそんなに怒ってるの?」
「ティセリーは知らなくていい」
「あなたは知らなくていいのよ」

やはり同時に返すジェイトとリュシアンに、彼女が唇を尖らせると、すかさずカリファがにこやかに告げる。

「では私が」
「懲りろ!」