第36話

 

翌朝、出発の準備を整えたジェイトたちは、山を下りることにした。あの後、ケイケイがちゃんと客間を準備してくれ、女性陣も何事もなく朝を迎えられたようである。

「送っていこう」

と、弓を携えたカリファ自らが申し出てくれたため、ケイケイを留守番に残して一行は出立した。

ティセリーの足は、カリファ特製の薬が効いたのかすっかり良くなったようで、彼女の歩みは軽い。レイオードを説得するための手がかりができたこともあるだろう。さくさくと雪を踏みしめる彼女を先頭に、リュウセンへ着いたのは昼前だった。

ここから、目指す南東周縁都市ハルミアまではかなりの距離がある。乗合ならばそんなに費用をかけずに馬車が使えるが、知らない人間と野営をするよりは気が楽だと意見が一致したため、歩きの旅を選択した。
となれば、入念な準備が必要になる。

「それじゃ、私たちは買い物ね。昨日のお兄さんが赤い暖簾のお店って言ってたけど、野営の準備もできるかしら。……あなたはどうするの?」

てきぱきと予定を確認したリュシアンが、1番後ろのカリファへ問いかける。彼は、自宅のある山のすぐ麓だというのに、リュウセンの街並みを物珍しそうな目で眺めている。

「ふむ……、特段用事はないのだが、すぐに戻るのももったいないな。もう少しお前たちに付き合おう」
「あら、それじゃお願い。ティンラン独自の食材とかもあると思うのよね。教えて欲しいわ」
「そうだな。では手始めに、紅辛麺というのはどうだ?」
「紅辛麺?」

カリファの指差す先には、数人が列を作った店舗がある。商店ではなく、食堂のようだ。

「ケイケイから聞いたのだが、評判の店だそうだぞ」
「あなた、それはあの子と一緒に来るべきでしょ」
「先に味見しておくのもいいだろう」
「まあ、お腹も空いてくる頃合いだし……、二人とも、いいかしら?」
「は、はい」

半分呆れ声のリュシアンに、ジェイトとティセリーは頷き返す。そういう訳で、買い物前に腹ごしらえをすることになった。

店の前でしばらく待ち、四人掛けの席に通されると、暖かい空気とともに食欲をそそるスパイシーな香りが胃を刺激する。メニューはカリファの言った紅辛麺のみで、周りの客は皆同じものを食べているようだった。

頭に布を巻いた女性の店員が、笑顔を浮かべて注文を取りに来る。

「お待たせ。うちの紅辛麺は辛いから体があったまるよ。赤と白、どっちにする?」

カリファが白と即答し、そもそもどんな料理かを知らない三人は顔を見合わせる。

「紅辛麺って、赤くて辛い麺って意味よね。それじゃ、あたし赤にするわ」
「おれも赤で」
「わたし、白にします」

オーダーが済むと、それほど待たされずに料理が運ばれてきた。半分ほどがスープに浸った縮れ麺の上に、ひき肉や野菜が載っている。スープパスタみたいなものか、とジェイトたちは早速フォークを握った。

「あら、見た目ほど辛くないのね」
「ちょっとピリッとするけど、赤いのトマトだな」

お互いに料理好きなジェイトとリュシアンは、味付けについて意見を交わす。カリファが、一人だけ器用に二本の箸を操りながら、当然のように言った。

「赤い方が普通の紅辛麺だな。白いのはこの店独自の味で、激辛だそうだ」

ちょうど隣で、スープを口に運ぼうとしていたティセリーが固まった。

「あなた、それ先に言いなさいよ……」
「すまん。意外だとは思ったのだが」

呆れ声のリュシアンに、弁解するカリファ。ティセリーは、恐る恐るといったぎこちない動きでスプーンに口をつけ、すぐに離した。

「辛っ……! すっごく辛い……」
「ティセリー、嫌じゃなければ、一口もらってもいいか?」

うんうん、と激しく頷いた彼女は、器を丸ごと押してよこす。ジェイトがスープを掬って飲んでみると、赤い紅辛麺とは比較にならない辛さが舌を焼く。

「ジェイト、交換しない?」
「……悪い、これはおれも無理そう」

ジェイトが音を上げると、ティセリーが悲壮な顔をする。いつのまにか近くまで来ていた女性店員がからからと笑った。

「このまま食べ切れる人は滅多にいないよ。出汁で割ってあげるからちょいとお待ち」

そうして薄めてもらった白の紅辛麺を、それでもティセリーは辛い辛いと言いながら、なんとか食べ切った。
一方、同じ料理を出された辛さのままカリファは完食し、スープも全て飲み干して箸を置く。

「カリファさん、すごい……」
「……あんた舌壊れてんじゃないか?」

袖口から取り出した扇で首元にぱたぱたと風を送る彼の姿に、いつの間にか店中の視線が集まっている。

「お兄さん、すごいね。驚いたよ」

目を見張る女性店員に視線を送り、カリファは右手の指を一本立てて見せた。

「冷えた杏酒をひとつ」
「なんだ、やっぱり辛かったんじゃないか!」

店員が破顔すると同時に、こちらを注目していた客たちからも一斉に笑いが上がった。