第5話

 

夕日が差し込み、淡いステンドグラスの光をちらちらと反射させる、そんな日暮れ時。喫茶店「ウェンディハウス」は、準備中の札が下がっているにもかかわらず多忙だった。

「あー、美味しかったー。満足するまで食ったの、すごい久しぶりかも」
「一応言っとくけど、普段だったら金取るんだからな? お前に満足するまで食われると、正直すげぇ困るんだけど」
「お互い様じゃん。そんなこと言うなら、ジェイトだってちゃんと施療院行けっての」

う、と言葉に詰まったジェイトは、ウィラが空にした食器を片付ける手を止める。何人前あるのだか、数えるのも嫌になるほどの量で、彼の食べっぷりを見ているだけで胸焼けがするようだった。

「いいのよ、ウィラ君。ジェイトの足を治してくれたお礼だから。はい、チーズケーキ」
「どうも、フィーネさん」
「この上まだ食うか」

厨房から出てきた母が、デザートの皿を置いた代わりに、ジェイトの手から大量の食器を奪う。

「おれやるよ、母さん」
「ジェイトはいいの。ウィラ君と明日の相談だってあるでしょう?」

結局、この時間に至るまで、明日のノクトレス行きの打ち合わせはできていないままだった。おとなしく座り直したジェイトの耳に、来客を告げるドアベルの音が届く。

「ごめんなさい、今は準備中で……、あら、ユナちゃん。もう起きて大丈夫なの?」

弾んだフィーネの声に、ジェイトはそちらを振り返る。立っていたのはユナとディール、そして例の、桃色の髪の少女だった。

「はい、あたしなら全然大丈夫です」
「寝てただけですからね。それと、彼女はジェダイトたちに用があるそうです」
「おれたちに?」

顔を見合わせるジェイトとウィラ。少女の硬い表情から察するに、単純にお礼を伝えにきた雰囲気でもなさそうである。

昼間、遅れてきた市長がごろつき二人を引き取って行った時にも、まだ彼女は目を覚まさなかった。それで、引き続き施療院で様子を見てもらっていたのだが、夕方になってやっと意識が戻ったということらしい。そもそもが熱中症で倒れて運ばれたとのことなので、当然かもしれなかった。

「私は妻が待っていますので、これで。それと、ジェダイト」

ディールは唐突にジェイトを名指しすると、満面の笑顔で付け加える。

「骨折の件はまた後日、話を聞くからね」
「……っ!」

脊髄反射で気をつけの姿勢になるジェイト。ドアベルを鳴らして彼が去った後、寄ってきたユナが顔を覗き込んでくる。

「……お兄ちゃんも心配なだけだから。そんなに怖がることないよ」
「怖ぇもんは怖ぇんだよ……」
「まあ、座んなよ、ジェイト。今からそんなびくびくしたってしょうがないじゃん」

やたらと楽しそうなウィラに椅子を勧められ、反論する気力も起きないジェイトは、おとなしくそこへ腰を下ろした。
丸テーブルに4つある椅子を眺め、ユナが後ろを振り返る。

「ねえ、ここ座らない? 一緒にお茶飲もうよ」

ドア脇に立ち尽くしたままだった少女が、何かの小動物のように身を縮める。

「何か用事があるんでしょ? あたし、ユナ。ユナ・リスティア。あなたは?」

ユナは彼女に近寄ると、笑顔で、しかし半ば強引にその両手を握って、こちらへ引きずってくる。無理矢理連行されるような形で、ジェイトの真向かいの席に座らされた少女は、居心地悪そうに顔を逸らしながら口を開いた。

「あの、ティセリー・ハーヴィエンスです。えっと……」
「ティセリーちゃんかぁ。聞きなれないけど可愛い名前だね。やっぱり観光で来てるの? 一人? キャラバン見て回った? なんか今年可愛い服多くない? あたし買いすぎちゃってお小遣いやばいんだー」
「違う話になってんぞ、ユナ……」

一人で盛り上がるユナに、ようやく名前の判明した少女、ティセリーは圧倒されたように群青色の瞳を瞬かせた。

厨房から戻ってきたフィーネが、それぞれの前にグラスを並べ、冷たい紅茶を注ぐ。ウェンディハウスで一番人気の、凍った苺を入れたアイスティーだった。

「あ、あの。わたし、お金無くて……」
「あら、いいのよ、これはお店からのサービス。変な事件に巻き込まれて、あなたも大変だったわね」
「……わたし、全然、心当たりがないんです」

グラスを両手で包み込むようにしながら、ティセリーはぽつりと呟いた。

「お医者様から、リッツェという人がわたしを狙っていたのだと聞きました。でもわたし、その人に会ったこともないし……」
「うーん、五竜騎士団って名乗ってたけど、あんなお子ちゃまがそうとも思えないしねぇ」

確かに、少年は去り際にそんな言葉を残していた。
ウィラの情報は初耳だったようで、ティセリーは不安そうに眉を下げる。

「五竜騎士団……」
「あれ、ティセリーちゃんは知ってるんだ?」
「い、いえ、あの……」

大慌てで首を振るティセリー。嘘をついているのは明らかだった。

「ウィラ、五竜騎士団ってなんだ?」
「北西領主が個人的に雇ってる騎士団。俺も直接会ったことはないけどね。……ま、あのお子ちゃまのでたらめだとは思うけど」
「五竜騎士団が、わたしを……」

とりなすようなウィラの言葉も、ティセリーの耳には届いていないようだった。
沈黙を破るように、ユナが明るい声を出す。

「そういえば、ティセリーちゃん、ジェイトたちに用事があるんじゃなかったっけ?」

その途端、ティセリーは目に見えて体を固くした。どうやら彼女も、自分の感情を制御するのが苦手らしい。
ジェイトたちが見守る中、かなり挙動不審に視線を彷徨わせながら、彼女は口を開く。

「あ、あの、わたし、急いでノクトレスに戻りたいんです。それで、お二人が明日行くって、お医者様から聞いて……」
「早い話が、一緒に連れてってほしいってこと?」
「……倒れた時にお財布を無くしちゃって、馬車に乗れなくて、その……」

それは無くしたのではなく、盗られたのではないか……?
ジェイトの困惑を勘違いしたのか、ティセリーは恐縮そうに頭を下げた。

「ごめんなさい、ご迷惑かとは思うんですけど、わたし、どうしても極北へ行かなきゃいけないんです」
「極北?」
「人を探していて……、この街で会った占い師さんに北へ行けと……」

ティセリーの声は尻窄まりに消えていく。自分でも、手がかりが薄弱すぎるのはわかっているらしい。
しかし、その手がかりを信じるしかないという状況は、彼女の必死な顔から量り知ることができた。
群青色の瞳に見つめられ、ジェイトは思わず顔を逸らす。

「……別に、おれはいいけど」
「さすがジェイト、お人好し!」
「お、お前はどうなんだよ」
「俺も全然オッケー」

満面の笑顔のウィラに、明らかにほっとしたような息をつくティセリー。緊張しっぱなしだった表情が初めて和らいだ。

「あ、ありがとうございます。良かった……」
「良かったね、ティセリーちゃん」
「はい……」
「明日のうちに着きたかったから、朝ちょっと早いけどいい? 夜明けごろに中央広場に集合ってことで」
「はい、よろしくお願いします」

ジェイトにも異論はない。横目でティセリーを見ると、屈託のない笑顔でユナの問いかけに答えていた。
人を探している少女。厄介な体質持ちで、遠慮がちだが意思は強いようだ。
そういえば、誰を探しているのかは聞きそびれたな、とジェイトは心の端で思った。