第9話

 

誰かの足音が聞こえた気がして、青年はそちらへカンテラの光を向けた。
暗闇が満ちた細い路地裏。丸く切り取られた明かりの中で、固唾を呑む彼を猫の目が見返す。

「驚かせんじゃねぇぜ……」

長い尻尾が塀の向こうに消えた後、ヴェイジュ・レイフォンは安堵と落胆が混ざったため息をついた。同時に、無意識のうちに手をかけていた腰の湾曲刀を一瞥し、ゆっくりと構えを解く。

今日こそは見つけなければ。落ち着いて、しかし気を緩めてはならない。
踵を返し、夜間警備に戻るヴェイ。

住民が皆寝静まった闇の世界に、街の二つ名となった給水塔の影が不気味に聳え立っている。
尖塔の街、ノクトレス。
長く暮らし、見知ったはずの場所が、夜の闇に包まれた中では全くの異世界に見える。家の陰に、街路樹の裏に、何かが潜んでいてもおかしくないような気さえした。

慎重でいたつもりが、いつしか考え事に囚われていたらしい。じゃりっ、と路面を踏みしめた音で我に帰り、慌ててヴェイは振り返った。
刹那、襲いかかる一撃をなんとか湾曲刀で受け止める。ぎぃん、と耳障りな金属音。とっさに放り出したカンテラが割れ、あたりが真っ暗になった。

視界を奪われて肝が冷えるも、追撃は無い。痺れかけた腕に力を込めて相手の武器を弾き返すと、急襲者は大きくよろめいて姿勢を崩した。その隙を見逃さず、肉薄したヴェイは彼の腕に勢いを乗せた蹴りを見舞う。相手が取り落とした武器は剣ではなく、鉄か何かできた丸太のような鈍器らしかった。

「てめぇ、この事件の関係者か」

問い詰めるヴェイ。だが、その相手、夜目にも鮮やかな白い髪の少年は何も答えず、ずるりとその場に崩れ落ちた。

「な……、おい」
「……血が」
「血?」

ぽつりとそう口にしただけで、彼は気を失ってしまったらしい。少年の白い頭から視線を外すと、粉々に砕けたカンテラが目に入った。今夜の捜索は、ここで打ち切る他ないだろう。

「……くそっ」

小さな舌打ちも周りの闇に吸い込まれる。
まだ、朝は遠い。