第10話

 

「おぉ? 筑波じゃん。久しぶり」
「机から足を下ろせ、和馬。相変わらずのようでなによりだがな」
「……あー……、口うるせぇのも相変わらずでなによりだぜ……」

渋い顔で言われたとおりにする和馬。どうやら、彼とも面識があるようだ。
雪彦の背がどいて秀実と目が合うと、不良じみた青年は目を細めて笑う。
おおかた、窓の隙間からでも先ほどのやりとりを見ていたのだろう。

自分同様、胡乱気な目を黒ずくめに向けているのは、安藤つかさだけだった。
その彼女も、雪彦に用事を言いつけられ、黒いスカートを翻して簡易キッチンへ消える。

「連絡をくれれば良かったのに。そうすれば、歓迎会くらい準備できたんだけど」
「……貴方はいつもそうやって気を使う。だから言わなかったんだ」

勧められた応接スペースのソファに身を沈め、ぼやくように彼は呟いた。そして、手持無沙汰につっ立っている秀実に目を止めると、ずっと掛けっぱなしだったサングラスをゆっくりと外す。
第一印象とは裏腹の、穏やかな瞳。

「さっきはすまなかったな、少年。名前は?」
「……吉口秀実」
「……、そうか、では、吉口班長の……」
「あ……、筑波、シンさんは……」
「いい。聞いている」

手のひらを向けて雪彦の言葉を遮ると、遠くを見るように彼は「惜しい人を亡くしたものだ……」とひとりごちた。

「……俺は、筑波景浩という。最近は探知班としてあちこち飛び回ってばかりだったが、元はここに所属していた。吉口班長にもずいぶん世話になった」
「いや、確実にシンさんの方が迷惑かけてたよ……」

小声で付け足す雪彦。秀実はそんな彼と筑波の間の空気に向けて、

「……探知班って何?」
「ん? ああ、探知班っていうのはね、僕のパソコンで標的の居場所が分かるでしょう? あのデータを調べてくれる役目なんだ。筑波は特に優秀で、大きなエネルギーを持つ夢魔をひとりで追うことが多いかな」
「よしてくれ、そんな大仰なものではない……」
「そんなことないよ。でなければ、わざわざ九州まで引っ張られることもないからね」

にっこり微笑みを浮かべて、雪彦は続ける。

「本当に、ここまで伸びるとは思ってなかった。今の立場は、ひとえにキミの努力と才覚の賜物だよ。短い期間とはいえ、その指導に関われたことは、僕にとっても立派な誇りだ」
「雪彦さん……」
「…………」

彼らの関係は分かった。
しかし、話題に加わろうとすればするほど蚊帳の外に追いやられる感覚に、秀実はうんざりしてため息をつく。

マジでオレ、何しに来たんだ……?

簡易キッチンへ消えていたつかさが、お盆にコーヒーのカップを乗せて戻ってきた。
それを無言で雪彦の座る前に、それから筑波の前に。

「ああ、ありがとう」

柔和な笑顔を浮かべる彼。
その途端、つかさの背中は電撃でも受けたかのように一瞬硬直し、ひと言も口をきかないまま、ぱっと踵を返して応接スペースから出ていってしまう。

「……筑波、お前、グラサンかけとけよ……」

入れ違いに姿を見せた和馬は、押し付けられたらしい菓子鉢を卓上に乗せながら、嫌そうに呟いた。
そのまま彼が、残り一つのソファにどかっと腰を下ろすので、いよいよ秀実の居場所はなくなってしまった。筑波が座るのは二人掛けだが、初対面の相手の隣というのも気が引ける。

「……で、何しに来たんだ、お前」

打って変わった硬い声音を筑波に向ける和馬。

「お前が出てくるような大物なんざ、この辺にゃ、あの死神くらいしか居ねぇぞ? 言っとくが、あれは俺の獲物だ。手ぇ出すんじゃねぇ」
「……分かっている。だからこそ俺はここに来たんだ。……雪彦さん、パソコンを貸してもらえるか?」

雪彦が快諾し、コートのポケットからメモリースティックを取り出した筑波は、それをノートパソコンに接続する。
何やらキーボードを叩き、緑色の画面になったそれを、持ち主のもとへ。
にい、と片頬をつり上げる筑波。

「……これが、ブラックリストナンバー048、通称『錆色の死神』の基本データになる。登録は済ませた。こいつのエネルギー反応は、今後レーダーに赤く表示される」
「……マジかよ」
「マジだな。冗談でこんなことはせん」
「いや、筑波、それは便利だけど……、こういうデータって機密じゃなかったかな……?」
「貴方に対して隠すことなど何もないつもりだが」

ささやかな糾弾をすぱっと切って捨てると、彼は再びパソコンを引きよせ、操作を始める。
興奮した和馬が席を立ち、画面を覗き込んだ。

「……近いな」

ぼそりと呟かれた声。

「あいつがか? 今この辺に居るのか?」
「慌てるな、場所はこれから割り出す……」
「んなもん待ってられるかよ!」

突然語調を荒げたかと思うと、身をひるがえす和馬。きゃあ、というつかさの悲鳴めいた声の後、扉が叩きつけられる激しい音が続く。

「ちょっ……、カズ君! ちゃんと結界張らないと、警察に見つかったら捕まるよ! ああ、もう……」

嘆く雪彦は、彷徨わせた視線を久方ぶりに秀実の顔へ合わせた。

「ごめん、秀実くん。ちょっとカズ君追って!」
「え……、わ、わかった!」

切実なその表情に押され、急いでついたての間をすり抜ける秀実。
都合のいい時だけ思い出されているのは、自分の気のせいだろうか。