第11話

 

とっぷりと日が暮れた紺色の下でも、和馬の銀髪はよく目立つ。
さらに、手にした長銃シリウスの存在も相まって、通りすがりの人々がちらちらと視線を投げかけていた。

「……和馬っ、捕まるって、ユキさんが」

秀実の忠告も、耳打ち程度に小さくなる。
しかし、彼は怒りの表情もあらわに大声を上げた。

「ッるせぇな! 何も知らねぇガキはすっ込んでやがれ!」
「なっ……、なんだよその言い方! こっちはお前を心配して言ってやってるんだぞ!」
「余計なお世話だ! あいつはミミを殺したんだぞ! 見逃すわけにはいかねぇんだよ!」

あまりの剣幕に、鼓膜がびりびりと痺れる。
ひるんだ秀実を突き放し、和馬はシリウスを担ぎ直して通りを駆けていった。

ミミ、というのは、どうやら彼の過去に関わりのある人物らしい。
直接に聞いた訳ではないが、これまでの間に何度か、その名前が話題にのぼることがあった。
それ以上の情報は分からない。軽く話せるようなことではない、という雰囲気だけを、和馬のぴりぴりした態度から推し量ることができていた。

風が強い。吹き抜ける気流が、呆然と立ち尽くす秀実の髪をなぶる。
同じその強風にあおられ、向かいのビルの屋上でばたばたとボロ布のようなものがはためいていた。
ビニール袋か何かが引っ掛かっているのかとも思ったが、それにしては大きく、色もくすんだダークグレイ。

赤が見えた。
ぞろりと長い赤。
鮮やかではない、血のような、錆色。

「…………!」

錆色の、死神。

瞬間、秀実の心臓が早鐘を打ち始める。
確証は無い。
しかし、そうでなければ、この背筋が凍りつくような感覚は何なのか。
大きなかぎ爪で、ぎゅっと胃を絞られるような、これは。
不吉。

…………。

視界が、暗くなった。

「見るな」

筑波の声。

瞳を覆った彼の手が退くと、秀実の前には何の変哲もない四角いビルの列があるだけだった。
奥へ広がる星空に一瞬、淡い金色のオーロラが映って消える。

「お前が見るには、幾分重い相手だ」

頭上から淡々とした言葉が降ってくる。
不意に膝が砕け、背中から筑波の腕に倒れこむ秀実。
びっしりと額に浮いた汗を、細い指がぬぐった。

「ユキ、さ……」
「ごめんね、秀実くん。疲れたでしょう? 中に入って、少し横になるといいよ」

ジャケットの内側から、大型スタンガンこと記憶改変装置を取り出しながら、雪彦は通りへと出ていく。暴走した和馬の回収と、ざわざわこちらを見ている人々をどうにかするためだろう。
入れ違いに、筑波が無言のまま秀実を抱え上げ、ビルの中へ入る。
ガラス越しに揺れるポニーテイルの後姿。その印象を最後に、秀実は思考を放棄し、まぶたが落ちてくるのに任せた。

「……、……つかさ、どうした、お前……?」

襟首をつかまれて戻ってきた和馬の第一声。
背後の雪彦は笑顔のままだが、ちょうど腰のあたりにごつい金属の塊を今もなお押し付け続けており、なんだか非常に怖い。

唖然としたこちらの視線を受けるつかさは、連結したソファへ寝かせた秀実にブランケットをかけているところだった。
振り向いたその顔は普段どおりの仏頂面だが、

「……、……なにか文句でも?」
「……、……別に」

……全身ピンク。
先ほどまでは黒かった彼女が、今は上から下までピンク。
しかも、要所要所にハートが乱舞しているという、極め付きのロリータファッション。

着替えたのか?
ていうか何? いつもそれ一式持ち歩いてんの?

「へぇ、つかさ君。黒もいいけど、明るい色も似合ってるね」

スタンガンを納め、和馬をようやく解放した雪彦の賛辞は、微妙に論点がずれている。
似合っているのは認めるが、問題はなぜに今、ということではないか?

「あ、筑波。悪いけど、あとで秀実くんを送ってってもらえないかな? 大きいバイク持ってたよね」
「構わない」

腕組みをして壁に寄り掛かった筑波。
頷く彼の姿をつかさは、じっと見つめては慌てて視線を逸らす、という行動を繰り返している。

「……、……つかさ、お前さ……」
「……、……なにか文句でも?」
「……いや、別に……」

心なしか頬を染める彼女に、和馬はため息をついて、それ以上台詞を続けることを諦めた。