第14話

 

目を閉じると、隣で揺れる長い髪。
ああ、無事だったんだな。
と、触れようとした先で、明るい光が弾ける。
消える。
そこにはもう、彼女の姿は無く。
目を開ければ。

「……おー、おはよう、ヨッシー」
「……、……あー……」
「あー、じゃねぇし。学校でガチ寝すんなよ。俺だって眠いよ。岩原話長ぇんだもん」

ベッド脇の椅子に後ろ向きで座った芳川が、大げさな身振りで肩をすくめてみせた。眠気に負けて抜け出した授業の担当は、学校随一の催眠ボイスで知られている。仮病を使ってあっさり戦線離脱した秀実に、妬ましげな半眼が向けられた。

ぼんやりとしたまま、時計を探して辺りを見回すと、携帯を取り出した芳川が無造作にそれを毛布の上へ放った。ディスプレイは午後四時半を示して消える。少しのつもりが、放課後まで寝過ごしてしまったらしい。

山を作った膝へ顔面を埋めると、目蓋の裏にきらきらした光の粒が残った。

「バイト? 何時からだっけ。間に合う?」
「……、最近行ってないから、いい」

おいおい、と苦笑はしたが、彼はそれ以上突っ込んではこない。秀実はひとつ息を吐いて顔を上げると、ハンガーにかかっていた学ランへ袖を通した。

昇降口を出ると、雪こそ降っていないが寒さは厳しかった。

「最近眠そうだよな、ヨッシー。夜更かし?」

何も言わずとも芳川はついてくる。帰りの方向は違うはずだが。
アスファルトと同じ灰色の空に、白い息が溶けていく。

「オレ、さぁ。好きな子ができて」
「は?」
「でもその子には恋人がいて、その恋人は、その子がピンチなのに助けにも来ねぇんだ」
「……えーと?」
「で、その子がピンチなのはオレの知ってるおにーさんのせいで、結局オレは何もできずに、その子はオレの目の前で死んじゃった」
「…………」
「っていう夢を見たんだけど」
「夢かよ!」

あー心配して損した、と脱力する彼。

「オレ、どうしたらいい?」
「知らねーよ。夢なら気にしなくていんじゃね? 人騒がせな奴だなぁ」
「…………」

ぶちぶちと文句を続ける友人の横顔から、自分の足下へ秀実は視線を落とす。

イリスの一件以来、バイト先のオフィスに顔を出してはいない。携帯も換え、自ら連絡手段を断ってしまった。なので和馬やつかさの現状も、雪彦の真意も分からないままである。
真意、なんて大げさだろうか。
あの時ああしたことにはちゃんと理由があるんだ、と単に自分が思い込みたいだけだろうか。

歩道の信号が赤になり、二人は足を止めた。
駆け抜けていく車の音が、停滞するばかりの思考を上書きする。秀実はただぼんやりと、十字路の向こう側のファーストフード店やら美容院やらの看板を眺めていた。
ちかちか瞬くライトが目に痛い。

と、一瞬視界が黒く染まった。
はっと我に返ると、信号は青に変わっており、交差点を折れた大型バイクがエンジン音を響かせたまま、秀実のすぐ脇に車体を寄せていた。
ブーツのつま先からグローブの先まで真っ黒のライダー。威圧感たっぷりのフルフェイスヘルメットから現れたのは、見覚えのある穏やかな瞳。

「……筑波」
「え、何、ヨッシーの知り合い?」

ぽかんとしていた芳川が仰天した声を上げ、同時にその場で釘付けになっていた通行人たちが、点滅を始めた横断歩道へ慌てて向かいだした。

久しぶりに会った筑波は、自分が周囲に与えた印象など全く意に関していない風で、

「秀実、何か予定は?」
「え?」
「無いなら乗れ」

こちらの言い分も聞かずにそれだけ告げると、続けて何故か芳川のほうへ「しばらく貸して欲しい」と願い出た。物扱いか。

「あ、はい。どーぞどーぞ」
「お前が決めんな!」
「秀実」

振り向きざま、宙に放られたヘルメットを危うい所でキャッチする。ついで、長い腕をすっとこちらへ差し伸ばしてくる筑波。
憮然としたまま、秀実はその手に鞄を預けた。