第4話

 

「……いや、だから、それをいうなら夢喰じゃなくてむしろ夢魔喰いだろって……」

呟く和馬。
雪彦から事の成り行きを聞かされた直後の第一声がそれだった。

「それを僕に言われても……。文句なら名付け親に言ってよ」
「誰だよ」
「知らないんだけどさ……」

そんなやりとりをバックに、秀実は日のあたる縁側にあおむけで転がっていた。
視界には会話する二人と、その周りに積み上がった意識のない人の山が逆さまに映っている。
なかなかシュールな光景だ。

あの後。
巨大な鳥の死骸を一体どうするつもりだろうと秀実が見ていたら、そろそろ感覚が摩耗しつつあったがやっぱり不思議な事に、床に落ちたその翼の端はきらきらした光の粒になって、空気中に散り始めたのだった。
雪彦がパソコンに試験管のようなものをつないで何かの操作をすると、光の粒はその細い容器にみんな吸い込まれ、ゼリー状に固まった。

「この粒のひとつひとつが夢魔なんだ。今はこうして捕まえて固めておくんだけど、用がすんだら放すんだよ。殺してるわけじゃない」
「……用って?」
「電気がとれるんだ」

試験管をスーツの内側に仕舞って、彼は微笑む。

「夢魔は電気を溜めこむ性質があるらしくて、それを利用させてもらってるんだね。その電気を電力会社に売って、僕らのお給料になるっていう仕組み」
「ふぅん……」

自分で問いかけておきながら、秀実はその話をまともに聞いていなかった。
給料がどうとか、そんな現実に興味はない。
興味があるのは。

「……それって楽しい?」
「え……。んー、まあ、自分で選んだお仕事だし。やりがいはあるよ」

やや照れくさそうに、それでもどこか誇らしげな、大人の笑みを浮かべる雪彦。
それで充分だった。

「……で、それがどーなってこーゆー結論になんだよ、ユキさん」
「だって、こうストレートに言われると、ねぇ」
「ともかく、俺は反対だかんな。ガキのバイトなんか居たって邪魔なだけだ」
「あ、現場に連れてく気はないよ。事務仕事とか雑用とかなら子供でもできるし……」
「ええっ! ユキさん、話が違うって!」

聞き流せない言葉にがばっとはね起き、秀実は不満の声を上げる。

「オレがやりたいのは楽しいことなの! 事務だの雑用だの、そーゆーつまんなさそうなことは絶対ヤだかんな!」
「うるせぇよガキ黙ってろ」
「ガキじゃねぇよ十五だもん。労働基準法範囲内だもん」
「中坊は含まねぇよ。ってかいいのかよ受験生」
「就職するからいい」
「どこに」
「ここ」
「ふざけんな」
「……えっと、二人とも。とりあえず落ち着いて」

火花を散らす秀実と和馬に雪彦が苦笑する。

「受験のことは、まあ、まだ先だし、秀実くんも実感がないんでしょう? それはまたおいおい相談するとして、で、さっきも言ったけど、アルバイトをするにしても、さすがにこういう現場には連れてこれないよ。危ないからね」
「危なくねぇよ。だってオレ、銃使うゲーム得意だし、体育ずっと5なんだぜ」

自慢げにそう言うと、和馬が小さくアホかと漏らした。
再び秀実は彼を睨みつける。

「……まいったな……」

ため息をついた雪彦は、しばらく何かを考えていたようだったが、不意に、思いついたように顔面右半分を覆うガーゼに手をやった。

「……、おい、ユキさん……」
「いいから。……秀実くん、これ、何だかわかる?」

何でもないような声音で、彼は顔に張り付いたものをはがしていく。
ガーゼに眼帯。
その下から現れたのは、人体ではありえない無機質な白だった。
右目の周辺を隠す、笑みを浮かべた不気味な仮面。
てっきりひどい傷跡でも出てくるのではと身構えていた秀実は、拍子抜けするのと同時に、ある違和感に気づく。

「……それ、ちょっと……」
「わかる? 段差がないでしょう? これは仮面じゃない。僕の皮膚だよ」
「……マジ?」

一見、舞台の上でしか付けられないようなふざけた代物だが、こんな近場で見ればその異常性ははっきりと知れた。
まるで、仮面が顔に埋め込まれているようである。

「これは、僕がまだ駆け出しで、今よりずっと無鉄砲だったころ、ある夢魔にかけられた呪いなんだ」

当時を思い出すかのように、硬質化した皮膚をなぞる雪彦。
作り物の白の上を、生身の白が滑る。

「若気の至りというにはあんまりに無謀すぎるんだけど、僕は、そのころベテランの社員でも対応できないような強力な夢魔にひとりで立ち向かって、捕獲に成功した代償にこの呪いを受けました。……時の狩人と呼ばれていてね、その夢魔が残したこの仮面も、時間を吸い取るんだ。今の僕は、本当なら五十二歳なんだよ」
「…………」
「面白そうだからって、簡単に首を突っ込んじゃいけない世界なんだ。わかったかな……?」

諦めと、失ったはずの長い時間とが積もったような表情で、彼は淡々と秀実を諭す。
秀実は呆然と目を大きく見開いたまま、細く息を吸いこんで、吐きだした。

「……、……か……」
「わかった?」
「……カッコイイ……っ!」
「……、はい……?」

これでもかというほどその瞳は輝いていた。
きらきら、という擬音が実際に聞こえそうなほどに。
秀実は今、間違いなくここ最近で一番生き生きとしている自覚があった。

「だってそれ、すげぇカッコイイじゃんっ! マンガの主役みてぇじゃん! しかもつまり歳とらないんだろ? 禿げる心配なくていいじゃん!」
「……あのー……?」

当惑する雪彦は助けを求めるように和馬のほうへ顔を向けるが、その彼はやけに達観した表情で、

「……だと思ったよ。俺だって最初聞いた時そう思ったしな……」
「……、……キミ、そんなこと一言も……」
「面と向かって言う馬鹿がいるかよ」

ここに居たわけだが。
そんな大人二名は無視して、秀実は勝手に意見や感想をしゃべり散らす。
だが、ふと可能性を一つ思いつき、それまでの浮ついた口調を引っ込めた。

「なあ」
「なんだよ……」
「父さんって、ホントはあれで死んだの?」

呆れ顔だった和馬は目を丸くして固まり、雪彦は足元へ視線を落とす。
その反応を見れば、言葉なんていらない。
ぐうっと大きく伸びをして、縁側から離れる秀実。
振り返らない視界には庭の松が映った。

「……秀実くん、その……」
「何でもねーよっ。交通事故よりはカッコイイかなって、それだけ。別に仇打ちとかそーいうんじゃねぇからな!」
「……うん……」
「ツンデレでもねぇからな!」

背後の気配が沈黙する。
秀実もそれきり口をつぐみ、ただ庭に立ち続ける。
眼前に枝ぶりを広げる松の木は、結構な太さがあって立派なくせに、輪郭がぼやけてなぜだか手の届かない遠い存在に思えた。

かくして、非常識極まりない、秀実の人生初アルバイト経験が始まることとなった。

「……、ところでカズ君、一個聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「手短にな」
「ツンデレってどういう意味? 流行語なの?」
「……、……そんな真面目な顔して聞くような言葉じゃねぇ……」