第5話

 

チャイムが鳴る。
一日の授業が終わり、解放された生徒たちのざわめきが広がる教室。

「お、ヨッシー! お前、今日ヒマ人?」
「ヨッシーって呼ぶなってば。芳川のくせに」
「そのあだ名はお前に譲ったんだよ」

クラスメイトに頭をばしばし叩かれ、吉口秀実は閉口して彼を見上げる。笑顔の端から八重歯が覗く彼、芳川智宏は、せっかく名簿通りの席順から変更があったというのに、依然として自分の前をキープし続ける妙な奴だ。……くじ引きなのだが。

芳川は、秀実の不機嫌にも気づかず、もしくはあえて無視して、一方的に言葉をぶつけてくる。

「そんで、お前今日ヒマ? 明日さぁ、テストやるとか言ってたじゃん、英語。だからさ、松っつぁんとか原とかと一緒に勉強会すんだけど、ヨッシーも来いよ。ていうか来て、頼む。英語教えてよぅ、秀実せんせぇえぇ」

泣き真似までするお調子者の彼に、だが、秀実がかける言葉はあっけない。

「あー、無理。忙しい」
「なんですと! マジかよ……。ヨッシーがいなきゃ誰がわかんのさ、あんな暗号。過去完了って何」
「参考書とか見ればいーじゃん。……ていうか、オレも最近わかんないし」
「なんですとッ! ヨッシーにわかんないもんが、俺とか松っつぁんにわかるわけねーじゃん!」

嘆く芳川。
秀実はそんな彼を放置して、さっさと帰り支度に取り掛かる。

「んー……、でもさあ、それならなおのこと、一緒に勉強しねぇ? ヨッシー、どうせ家帰っても一人だろ。一人のほうが集中できる人?」
「忙しいっつってんだろ。バイト」
「はあ? ……え、あの話、マジだったの?」

無言で頷き返し、秀実は学生鞄のふたを閉じて立ち上がる。午後四時。三十分もあれば、バイト先のオフィスには着くことができるだろう。
だが、そんな秀実の肩を、芳川が押さえつけて席につかせた。

「あのなー、ヨッシー。俺達受験生。来年の三月には、高校入試っていうハードルがあるわけよ。わかる? ヨッシーだって、旭日北だか美浜山の進学コースだか狙ってんだろ?」
「あー、オレさ、受験しないから」

さらりと言って、彼の手を払いのける秀実。

「今やってるバイト先に就職すんの、オレ」
「……マジで?」

呆れたらしい彼だったが、しかしその後、気まずそうな顔で視線を下に向けて続ける。

「……あー……のさ、もしかして、親父さん亡くなって、お金厳しかったりすんの……?」
「いや……、それはあんま関係ねぇかな。やりたいだけ」

がつっ、と頭突きを食らった。

「……ってぇ! 何すんだよいきなり!」
「俺だって痛ぇよ! 人が真面目に心配してやってるっつうのに! 見ろ、超なみだ目!」
「自業自得じゃん! ……とにかく、オレ行かなきゃだから。またな」

今度こそ立ち上がり、教室の出口に向かう秀実。背後から、芳川が怪訝そうな声を投げかける。

「なー、ヨッシー、何のバイトやってるわけ? それ楽しい? 聞いたことねぇよな、まだ」

その質問に、秀実は動きを止めた。
しばらくその場で黙考するが、結局上手い説明が思いつかず、彼を振り返ってこう告げる。

「……夢喰コーポレーション、だよ」
「……ヨッシー、寝ぼけてない……?」