第8話

 

公園通りの反対側から、人影がやってくる。揃いの薄青いジャケットを着た、十人程度の男たち。
眼鏡をかけた中年の一人を残し、彼らは透明な檻の周りで笑いあったり、肩を叩きあったりと賑々しい。

「こ、このたびはどうも、笹上さん。おかげでこんな大物を捕獲することができました」
「いえ、見事な罠でした。……そういえば、糸杉さんは本社勤めが決まったそうですね。おめでとうございます」
「い、いえいえいえ! 身に余る光栄でしてハイ」

丁寧にお辞儀をする雪彦に、慌てた仕草で深々と頭を下げる中年男性。あ、ヅラだ。
糸杉と呼ばれた彼は、野暮ったい眼鏡を直しながら、落ち着かない様子でしゃべる。

「ほ、本社と言いましても私のやることは同じでして、事務員の一人な訳ですから。私はこの地域担当からは外させていただくことになるわけですけれども、ここの事務員たちもみな優秀ですので、そちらに迷惑がかかることはないかと……」
「え、はぁ、その心配は全くしてませんが……」

つまらない話になってきた、と秀実は、責任者たちから目を転じた。

少し離れたガードレールに体重を預けた和馬の姿。その様子に未だ覇気は感じられず、うつむき気味の表情も読み取ることはできない。

死神、とか。
殺された、とか。
随分、穏やかでない単語を聞いたような。

「…………」

まともな仕事ではないくらい、中学生にだってわかる。自分と同じ歳だった彼が、どんな重たいモノを抱えてその道を選んだのかまでは、秀実にはわからないけれど。

時折、傍らに立ったつかさが話しかけているようだが、その声もここまで届くほどの大きさではない。
貼り直された新しいガーゼは、彼女の手によるものだろうか。

「な、なら彼女はそちらの班に異動させましょう!」

裏返りかけた大声が通りに響いた。
秀実はもちろん、和馬やつかさの注意もそちらに向かう。

「……えっと、今のはそういう意味ではなくて、確かに、うちの班には決まった事務員がいないんですけど」
「それは大変でしょう! 私のほうから本社に伝えておきますし、そうだ、そこの二人は恋人関係だそうではないですか。なら、一緒の班にしてあげた方が、二人のためにもいいでしょう。いいですよね」

ハンカチで汗をふきつつまくしたてる糸杉。

「……そうかもしれませんが、しかしあの」
「で、では決まりということで!」

えらく強引な人事異動だった。
というか、あからさまな厄介払いだ。

雪彦に有無を言わせないまま、晴れ晴れとした笑顔で彼は戻っていく。まあ、雪彦が押しに弱すぎるのも悪いんだけれど。

「……えっと、なんか、そういうことになっちゃったみたいなんだけど……」

困り顔の報告を受け、目元に険を浮かべるつかさ。和馬が隣で軽く噴き出す。

「また、随分嫌われてるじゃねぇか、お前」
「好かれようなんて思ったことはないわ。それと、お前呼ばわりはやめてって何度も言ってるでしょ」
「よく言うぜ。俺のこと、まともに呼んだことねぇくせに」
「なんだよ、仲いいんじゃん。ヨリ戻せば?」
「土下座されたってお断りよ、こんなやつ」

秀実の提案はすげなく却下され、彼女はぷいと元恋人に背を向けた。疲れた笑顔で、取り出したタバコをくわえる和馬。
その場の成り行きとはいえ、こうして秀実のバイト先に新たな顔が増えた訳である。

「……ところでさ、さっきの、怖いものが見えるってやつ。ユキさんには何が見えたの?」

その帰り道。
例によって小競り合いをしながら先を行く和馬とつかさを見つつ、秀実はふと雪彦に問いかけた。

「うーん……、秀実くんに言ってもわかんないかもしれないけど……」
「……もしかして、その仮面つけたヤツ? 時のなんたらっていう……」
「あはは、違うよ」

朗らかに、手を振って否定を示す彼。

「僕に見えたのは……、僕」
「…………?」

よくわからず、秀実は困惑する。
雪彦はそんな自分ではなく、別のどこかに向けて、

「そう、あれは確かに……、随分前の、僕だった」