第3話

 

「……君っ、大丈夫?」

父がまた化け物と戦い始めてから、しばらく。
すでに立ち上がることを諦めて、その姿を眺めていた秀実に、後ろから声がかけられる。

「立てる? ……ああ、君、シンさんの息子さんだね。彼の若いころにそっくりだ」
「……いや、立ちたくないだけっスから」

もはや意地。
差し出された右手を拒否する秀実。

そう? と言って引っ込めた手で、立ったままノートパソコンをいじり始めるその人物を、思わず秀実はガン見する。

年寄りくさいセリフをはいた割にはまだ若く、せいぜい二十歳かそこらくらい。
ただでさえ中性的な顔つきに、長いポニーテイルだから、いよいよもって性別不明。
やわらかな青のジャケットは父と同じ、仕事用の制服だ。

だが、しかし、もっと極め付けなのが。

「……? 僕がどうかしたかな?」

視線に気づいたのか、彼(たぶん)は首をかしげてこちらを向く。

その顔面右半分を覆う、白いオペラ座マスクは何ですか?

とはもちろん聞けず、秀実はただ「……、えっと、今日寒いですね……?」と、わざとらしくお茶を濁して、彼から目をそらした。

「うーん、それは君がそんな所に座ってるからだと思うけど……。……っと!」

苦笑気味に応えてくれたオペラ座青年は、突然懐から拳銃を取り出し、いきなり片手で発砲する。

「うわっ!」

当然驚く秀実だが、別に撃たれたわけではない。

ぱぁんっ、というテレビでしか聞けないような本物の銃声とともに撃ち抜かれたのは、今まさに片方だけの腕を父に振り上げていた、化け物の左目。
悲鳴を上げてそいつは、攻撃を中止し、弾丸が命中した左目を押さえる。

「ああぁあッ! ユキッ! 邪魔すんなこらぁッ!」

父が振り返って怒鳴った。
ユキと呼ばれた青年も、負けずに叫び返す。

「シンさんが余所見してるからじゃないか! そんなんだからいっつも怪我するんだよ!」
「俺の怪我でお前が困ることがあるかよ!」
「労災の書類準備するの誰だと思ってるのさ!」
「そんくらい自分でやってらあ!」
「鉛筆書きで通るわけないだろ!」

もう、化け物そっちのけ。
ていうか、書類の書き方くらい知ってろよ父さん。息子として情けないんだけど。

秀実と化け物は同様に、ただそのやり取りをぽかんとして見つめていたが、先に我に返ったのは、案の定化け物のほうだった。
おぉん、と苦しげな遠吠えを残し、片腕だけをばねのように使って、とんでもない跳躍で曇り空に消える。
気づいた父がまた吠えた。

「ちょ……っ、逃げんな、てめぇ!」
「追いかけなくていいよ、シンさん。応援頼んどいたから」
「はあ?」

眉をひそめる父に青年は、やれやれ、とため息をついて、ノートパソコンの画面を閉じた。

「バッテリー切れ。もう一度結界張ってる余裕はないね。……これも結局、ほころんでたわけだし」

言葉の最後で、秀実に視線を落とす青年。
父も、納得といった表情で刀を納め、やたらと凄みのある笑顔をこちらにくれる。

「……父さん、顔がヤクザ……」
「こんな爽やかなヤクザ屋さんがいるかよ。おい、ユキ、あっちのほうは電池残ってるよな?」
「ああ、うん。こっちは大丈夫。あと、コンビニの中の人も、全員もう落としてあるから」

あっちって何!?落とすって何!?

なんだか物騒な空気に、秀実の心臓が跳ね上がる。
考えてみれば、さっきの化け物といい、刀や銃を平気で持ち歩いてあまつさえ普通に使っているこの二人といい、おかしすぎる。
自分の父が絡んでいるあたり、撮影か何かとも思えない。
となれば、あとはもう夢オチくらいしか選択肢がないのだが、それはズボンにすっかり染み込んだ雪の冷たさが選ばせてくれないのだった。

「なー…、俺やりたいなぁ……?」
「駄目だよ。シンさんは荒っぽいんだから」
「いいじゃん、俺の息子なんだし」
「…………。……今、さらりと危険なこと言ったよね?」

気が合うらしく、会話し始めると止まらない父と青年。
そのすきをうかがって、秀実はそおっと立ち上がると、抜き足差し足で彼らから距離をとる。
が。

「……立ちたくねぇんじゃなかったか?」

あっさり父に捕まった。

「……きっ、気分が変わったんだよ! じゃ、オレ帰るから。父さん仕事がんばってね」
「まーまー、そう言わずに。もうちょっと付き合えや、な?」

抵抗空しく、がっちり羽交い絞めにされ、元の場所へ連れ戻されてしまう。

「放せー! 放しやがれクソオヤジっ! 家庭内暴力で訴えんぞこらぁッ!」
「ぎゃあぎゃあうるせえやつだな。人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ」
「……シンさん、さっきの自分のセリフ覚えてる?」

苦笑しながら青年は、父に拘束されて身動きできない秀実の前へ歩み寄ると、またおもむろに懐へ手を入れる。
出てきたのは幸いにも銃ではなかったが、やっぱり、あまり喜べる品物ではなかった。

「……ス、スタンガン!? マジかよ! 本物かよ!」
「うん、まあ……。そんなものかな……」

否定しない青年。
ぶつぶつと小声で、

「……だから嫌だって言ってるのに……。もっと平和な型を開発してくれないかな……」

秀実を抱えたまま、父が大声で笑った。

「いいじゃねぇか。ユキは上手いんだからさ。安心しろよ、秀実。一瞬で終わるぞ?」
「何が!? 命が!? っつうかオイ、息子のピンチだぞ? 助けろよ、笑ってねぇで!」
「いやそりゃ無理だよ、仕事だもん」
「だもんじゃねぇ! 覚えてろよクソオヤジぃッ!」
「……シンさん、ホント楽しそうだね……」

呆れたような青年のその言葉を最後に、秀実の意識は、ぶっつりと途切れた。